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翁草
五十六
何卿とやらん、質素の人にて、小禄貧窮お申立て、綿服の願有、御ゆるしお蒙て、四季に用ひらるゝ、木綿島の単上下お拵、素より衣服悉く綿服にして、御番参内にも、装束は当番の非蔵人に預け置、途中は件の上下お著し、無僕にて往来せらる、常に自炊にて、奥方もたすきがけにて、はしりもとお働き、息女に乳母有て、外に男女の召仕なし、斯く身お約せらるゝ故に、小家領ながら、賄料潤沢に勝手向あしからず、諸払等聊滞なく、立入者も満足する様にあしらはる、故に、此前東武御使お被蒙し節も、早速用意整ひ、供廻りも余の公卿達より、結句美々敷出来て、日頃のさまとは格別の違ひ也、倹約の仕形は、少し品お超れども、花奢の過たるよりは、遥に増るべし、〈完延宝暦頃〉