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雨窻閑話
名君節倹並喜多見某が事一ある名君、始めて入国まし〳〵ける時、国に在りける役人夫々に命じ、壁おぬら直し、畳おかへ、腰張等きらびやかにいだし、泉水、築山迄の花麗お尽しけり、其日に至りしかば、太守機嫌よく入城まし〳〵けるに、木綿布子に同じ木綿鼠に染めたる絞付の単羽織、馬のりあけたるお召し給ひ、馬に打ち乗りて城に入らせ給ふ、町在のもの、今日ぞ殿様入部也とて、見物山の如くなりしが、右の体お拝見して肝おけしたりとそ、太守入部の後、幾程もなくして、庭お潰し築山お穿ちて水おたゝへ、是へ稲草お植えて田とし、自身世議有りて、百姓お呼びて、農のいとなみおさせられ、民の艱難おしり、其年の豊作凶作お量り給へり、又居間の腰張おへがし、松葉紙にて自身張り給へり、是まで前栽に植えられし樹木名草までも、望心のものいらば遣はすべしとて、悉く人に賜ひける、畳も琉球表の目の荒きに縁おもとらで用ひられし也、扠入部四五日めに、所の木綿屋にて木綿二反調せられ、小納戸の者お召して、此木綿単衣に仕立度まゝ、定紋お付けて水浅黄に染めさすべし、我思ふ子細ある間、随分当時はやりなる町と在との紺屋へ、一反づゝ遣はすべしと仰有りければ、奉畏て其通にしたり、時にはやる所の紺屋なれば、人多く入り込みて、右の染物お見て、諸人大に仰天し、殿にはか様なる麁末の品お召され候にや、是お見ては我々が著服大に奢の至り也、鳴呼々々勿体なし〳〵とて、皆是お語り合ひ、吹聴して自然に町在迄も、奢お停止しけるとぞ、