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古今著聞集
十二/偸盗
後鳥羽院御時、交野八郎と雲強盗の張本ありけり、今津に宿したるよしきこしめして、西面の輩おつかはして、からめ召れける、やがて御幸成て御船にめして、御覧ぜられけり、彼奴は究竟のものにて、からめて四方おまきせむるに、とかくちがひて、いかにもからめられず、御船より上皇みづからかいおとらせ給ひて、御おきてありけり、そのとき則からめられにけり、水無瀬殿へ参たりけるにめしすえて、いかに女程のやつが、これほどやすくは搦られたるぞと、御たづね有ければ、八郎申けるは、年来からめ手向ひ候事、其数おしらず候、山にこもり水に入て、すべて人おちかづけず候、此度も西面の人々向ひて候つる程は、物の数共覚へず候つるが、御幸ならせおはしまし候て、御みづから御おきての候つる事、忝も可申上には候はね共、船のかいは、はしたなく重き物にて候お、扇抔おもたせ候様に、御片手にとらせおはしまして、やす〳〵とかく御おきて候つるお、少みまいらせ候つるより、運つきはて候て、力よは〳〵と覚へ候て、いかにものがるべくも覚へ候はで、からめられ候へぬると申たりければ、御けしきあしくもなくて、おのれめしつかふべき事也とて、ゆるされて御中間になされにけり、