[p.0093]
大鏡
三/太政大臣忠平
太政大臣忠平〈○中略〉彼殿いづれの御時とはおぼえ侍らず、思ふに延喜朱雀院の御ほどにこそは侍りけめ、宣旨うけ給はらせ給ひて、おこなひに陣の座さまにおはしますみちに、南殿の御帳のうしろの程とおらせ給ふほどに、ものゝけはひして、御たちのいしづきおとらへたりければ、いとあやしくてさぐらせ給ふに、けはむく〳〵とおひたる手の、つめはながくかたなのはのやうなるに、おになりけりと、いとおそろしくおぼしめしけれど、おくしたるさまみえじとねんぜさせ給ひて、おほやけの勅定うけ給りて、かためにまいる人とらふるはなにものぞ、ゆるさずばあしかりなんとて、御たちおひきぬきて、かれが手おとらへさせ給へりければ、まどひもちはなちてこそ、うしとらのすみざまへまかりにけれ、思ふに夜の事なりけんかし、