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今昔物語
二十七
頼光郎等平季武値産女語第卅三
今昔、源の頼光の朝臣の美濃の守にて有ける時に、の郡に入て有けるに、夜る侍に数の兵共集り居て、万の物語などしけるに、其国に渡と雲ふ所に産女有なり、夜に成て其の渡為る人有れば、産女児お哭せて、此れ抱々けと雲ふなるなど雲ふ事お雲出たりけるに、一人有て隻今其の渡に行て渡りなむやと雲ければ、平の季武と雲者の有て雲く、己はしも隻今也とも行て渡りなむかしと雲ひければ、異者共有て千人の軍に一人懸合て、射給ふ事は有ども、隻今其の渡おば否や不渡給ざらんと雲ければ、季武糸安く行て渡りなむと雲ければ、此く雲ふ者共極き事侍とも否不渡給はじと雲立にけり、季武も然許雲立にければ、固く諍ける程に、此の諍ふ者共は十人許有ければ、隻にては否不諍はじと雲て、鎧、甲、弓、胡錄、吉き馬に鞍置て、打出の大刀などお各取出さむと懸てけり、亦季武も若し否不渡ずば、然許の物お取出さむと契て後、季武然ば一定かと雲ければ、此く雲ふ者共然ら也、遅しと励ましければ、季武鎧甲お著、弓胡籤お負て、従者も何にか可知きと、季武が雲く、此の負ひたる胡錄の上、差の箭お一筋、河より彼方に渡て土に立て返らむ、朝行て可見しと雲て行ぬ、其の後此の諍ふ者共の中に若く勇たる三人許、季武が河お渡らむ一定お見むと思て、窃に走り出て、季武が馬の尻に不送れじと走り行けるに、既に季武其の渡に行著ぬ、九月の下つ暗の比なれば、つヽ暗なるに、季武河おざぶり〳〵と渡るなり、既に彼方に渡り著ぬ、此れ等は河より此方の薄の中に隠れ居て聞けば、季武彼方に渡り著て、行騰走り打て箭、抜て差にや有らむ、暫許有て亦取て返して渡り来なり、其の度聞けば、河中の程にて、女の音にて、季武に現に此れ抱々けと雲なり、亦児の音にていか〳〵と哭なり、其の間生臭き香、河より此方まで薫じたり、三人有るにだにも頭毛太りて怖しき事無限し、何況や渡らむ人お思ふに、我が身作も半ば死ぬる心地す、然て季武が雲ける様、いで抱かむ己と、然れば女此れはくはとて取らすなり、季武袖の上に子お受取てければ、亦女追々ついて其の子返し令得よと雲なり、季武今は不返まじ己と雲て、河より此方の陸に打上ぬ、然て館に返ぬれば、此れ等も尻について走返りぬ、季武馬より下て内に入て、此の諍つる者共に向て、其達極く雲つれども、此くの渡に行て河お渡て行て、子おさへ取て来ると雲て、右の袖お披たれば、木の葉なむ少し有ける、其の後此く窃に行たりつる三人の者共、渡の有様お語けるに、不行ぬ者共半は死ぬる心地なんしける、然て約束のまヽに、懸たりける物共皆取出したりけれども、季武不取ずして然雲ふ許也、然許の事不為ぬ者やは有ると雲てなむ、懸物は皆返し取せける、然れば此れお聞く人皆季武おぞ讃ける、此の産女と雲ふは、狐の人謀らむとて為ると雲ふ人もあり、亦女の子産むとて死たるが、霊に戍たると雲ふ人もありとなむ、語り伝へたるとや、