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源平盛衰記
二十二
衣笠合戦事河越又太郎、江戸太郎、畠山庄司次郎等、大将軍として、金子、村山、山口党、横山丹党おし、綴党お始として、三千余騎、衣笠の城へ発向す、追手は河越、搦手は畠山、二手に分て推寄つヽ、時の音三箇度合てためらふ処に、綴の一党、当家の軍将三人まで、小坪の軍に討れて、不安思ければ、二百余騎先陣に進て、木戸口近く攻寄たり、〈○中略〉綴党も不協して引退く、金子十郎家忠と名乗て、一門引具し、三百余騎、入替々々戦ける中に、人は退ども、家忠は不退、敵は替ども、十郎は替らず、一の木戸口打破り、二の木戸口打破て、死生不知にして攻たりける、城中よりも散々に是お射る、甲胄に矢の立事廿一、折懸々々責入つヽ、更に退事なかりけり、城の中より、提子に酒お入て、杯もたせて出しけり、城の中より大介、家忠が許へ申送けるは、今日の合戦に、武蔵相模の人々、多く見え給へ共、貴辺の振舞ことに目お驚し侍り、老後の見物今日にあり、今は定てつかれ給ぬらん、此酒飲給て、今ひときわ興ある様に、軍し給へと雲遣したりければ、家忠甲振仰、弓杖つき、杯取三度飲て、此酒のみ侍て力付ぬ、城おば隻今責落奉べし、其意お得給へとて、使おば返してけり、軍陣に酒お送は法也、戦場に酒お請は礼也、義明之所為と雲家忠の作法と雲興あり、感ありとぞ、皆人申ける、家忠唯非勇心之甚、専存兵法之礼けり、金子之十郎わざと人おば具せざりけり、命おすてんとの心也、ふし縄目鎧に、三枚甲の緒おしめ、甲の上に、萌黄の腹巻打かづき、櫓の本まで責付たり、大介雲けるは、哀金子は大剛者かな、一人当千の兵とは是なるべし、軍は角こそ有べけれ、あれ射つべき者はなきか、惜き者なれ共日比の敵也、あれお射留よとぞ下知しければ、〈○中略〉十郎二段ばかり隔て、水車お廻し、次第々々に責寄て、櫓の内へは子入らんとする処お、和田小太郎義盛、十三束三伏、しばし固て落矢に兵と放つ、金子が甲に懸たたける、〈○中略〉痛手なれば、少したまらす、どうど倒る、三浦の藤平落合て、頸おとらんとする処に、金子与一つとより、肩に引懸、木戸口の外へ出でけるお、三浦与一追て懸る、〈○中略〉三浦与一受太刀に戍ければ、不協と思て、かいふつて逃けるお、金子与一追付て、三浦与一お懐き留、虜にして首お切、敵の頸お手に提げ、十郎お肩に係て、陣の内にぞ入にける、家忠が疵は痛手なれ共、ふえ切ざれば不死けり、今日の高名、金子党にぞ極りたる、