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太平記

大塔宮熊野落事
村上彦四郎義光、遥の路にさがり、宮〈○大塔宮護良親王〉に追著進せんと急けるに、芋瀬庄司無端道にて行合ぬ、芋瀬が下人に持せたる旗お見れば、宮の御旗也、村上怪て、事の様お問に、爾々の由お語る、村上こはそも何事ぞや、忝も四海の主にて御坐す、天子の御子の朝敵御追罰の為に、御門出ある路衣に参り合て、女等程の大凡下の奴原が、左様の事可仕様やあると雲て、則御旗お引奪て取、剰旗持たる芋瀬が下人の大の男お〓で、四五丈計ぞ抛たりける、其怪力無比類にや怖たりけん、芋瀬庄司一言入返事もせざりければ、村上自御旗お肩に懸て、無程宮に奉追著、義光御前に跪て、此様お申ければ、宮誠に嬉しげに打笑はせ給て、則祐〈○赤松〉が忠は、孟施舎が義お守り、平賀〈○三郎〉が智は、陳丞相が謀お得、義光が勇は、北宮黝が勢お凌げり、此三傑お以て、我盍治天下哉と、被仰けるぞ忝き、