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北条五代記

清水太郎左衛門大力の事
見しは昔、伊豆の国の住人清水上野守は、小田原北条家譜代の侍、関八州にその名おえたる武士なり、されば、上野守が妻女、山上の秕氏神へ宿願あつて参詣する途中の坂に、牛穀物お二俵つけながら、ふして有、見ればあと足二つお、がけへふみおとし、岩角に俵かゝつて留る、荷縄おきるならば、牛谷へ落ちて死すべし、引上べき様なく、ふびんなる有様なり、女房是お見て、あたりの者おのけ、一人そばへより、牛とたはらおいだいて中へ持ち上、道中に牛お立たり、此女の力、人間のわざに非ずと、人おたおせり、其腹に男子一人有り、清水太郎左衛門尉是なり、母の力お請次、大力の名おえたり、