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今昔物語
二十八
立兵者見我影成怖語第四十二
今昔、受領の郎等して人に猛く見えむと思て、艶ず兵立ける者有けふ、暁に家お出て物へ行かむとしける、夫は未だ臥たりけるに、妻起て食物の事などせむと為るに、有明の月の板間より屋の内に差入たりけるに、月の光に、妻の己が影の移たりけるお見て、髪おほどれたる大きなる童盗人の、物取らむとて入にけるぞと思ければ、周章迷て夫の臥たる許に逃行て、夫の耳に指宛て、窃に彼に大きなる童盗人の髪おおほどれたるが、物取らむとて入立るぞと雲ければ、夫其れおば何かせむと為る、極き事かなと雲て、枕上に長刀お置たるお捜り取りて、其奴のしや頸打落さむと雲て、起て裸なる者の髻放たるが、大刀お持て出て見るに、亦其の己が影の移たりけるお見て、早う童には非で、大刀抜たる者にこそ有けれと思て、頭被打破ぬと思えければ、糸高くは無くておうと叫て、妻の有る所に返り入て、妻に和御許はうるさき兵の妻とこそ思つるに、目おぞ極く弊く見ける、何づれか董盗人也ける、髻放たる男の大刀お抜て、持たるにこそ有けれ、者極き億病の者よ、我が出たりつるお見て、持たりつる大刀おも、落しつ許こそ篩ひつれと雲は、我が篩ひける影の移りたるお見て雲なるべし、然て妻に彼れ行て追出せ、我お見て篩つるは、怖しと思つるにこそ有めれ、我れは物へ行かむずる門出なれば、墓無き疵も被打付なば由無し、女おばよも不切じと雲て、衣お引被て臥にければ、妻雲甲斐無、し、此てや弓箭お捧て月見行くと雲て、起て亦見むとて立出たるに、夫の傍に有ける紙障子の不意に倒れて、夫に倒れ懸りたりければ、夫此は有つる盗人の、厭ひ懸りたる也けりと心得て、音お挙て叫ければ、妻〓可咲く思て、耶彼の主盗人は早う出て去にけり、其の上には障紙の倒れ懸たるぞと雲ふ時に、夫起上りて見るに、実に盗人も無ければ、障子のそヽろに倒れ懸たりける也けりと思ひ得て、其の時に起上りて、裸なる脇お掻て、手お舐て其奴は実には我が許に入り来て、安らかに物取では去なむや、盗人の奴の障紙お踏懸けて去にけり、今暫し有らましかば、必ず搦てまし、和御許の弊くて、此の盗人さば逃しつるぞと雲ければ、妻可咲と思て咲て止にけり、世には此る嗚呼の者も有る也けり、実に妻の雲けむ様に、然許億病にては、何ぞの故に刀弓箭おも取て、人の辺、にも立寄る、此れお聞く人皆男お〓み咲けり、此れは妻の人に語けるお聞継て、此く語り伝へたると也、