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武野燭談

本多作左衛門人煮釜砕去之事
東照宮浜松御城に御座の時、御討入御帰陣の節、阿部川原に、人お煮釜あり是お御覧有て、此釜浜松可遣由、奉行に被仰付けるゆへに、彼人承り、浜松へ持せ送喝道にて、本多作左衛門是お見て、子細お問に、しか〴〵の由、被仰付ける由答ければ、則人足に申付て打砕捨にけり、扠奉行承ける人に申けるは、浜松へ参り、可申は、天下おも望可有人の、人お釜にて殺すべき罪お犯すやうに、仕置おするにて候哉、作左衛門が申て、釜おば打砕かせたりと、具に可申上、一言も残したらば、後惡かるべしと、下知しける程に、奉行しける人、有の儘に申上ければ、東照宮殊に御赤面、頓て作左衛門お召、御誤り被遊たり、