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武野燭談
十六
直孝忠勝信綱重宗慎勤之事
奥州〈○伊達政宗〉笑ひ顔にて、されば候、大神君百万石可給もの御制詞、今に事切申さゞる故、此儀お申たる事、余儀もあらずと申たり、掃部頭〈○井伊直政〉是お聞て、御誓約と宣ふ御真翰、御所持にやと語りければ、中々慥成御神盟の一紙こそ候へ、御目に可懸とて取出す、掃部頭手水嗽し、是お拝見し、可違もなき御直判にて、是ほどの証拠ゆめ〳〵うけたまはらず、但此御神文掃部頭にたまわるべし、申請つとて押戴寸々に引裂給ひけり、昔は百万石はさて置、弐百万石も参らせ度こそ、東照宮思召けめ、隻今御覧ぜば、何国にて加恩の地候哉なまじいに此書付、貴宅に取伝られて、上〈江〉も御代々の御願ひ事絶ず、此事申募らるゝほど、無詮事にて候、公私に付、無益の事引出しては、何の用そや、且は家の為お思はさるべし掃部頭が申請て、かく仕る次第、御神文の慥成事、早々達上聞可申也、相構て此事思召とゞめられよと、思ひ切たる仕形顔色、さし向ひに手お可究掃部頭がかようの事なれば、陸奥守おはじめ、暫く物おもいわず、家司以下、次に詰たる者共も、掃部頭が威にのまれけるが、伊達家の面目に備ふる御神文引さかれながら、とかふ申者なし、陸奥守も一応は存よか申されけれ共、掃部頭が道理に屈伏して、此上は家の事、頼むよしおぞ申されけるとかや、