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梅松論

或時両御所御会合在て、師直並故評定衆お余多めして、御沙汰規式少々定められける時、将軍〈○足利尊氏〉仰られけるは、昔お聞に、頼朝卿、廿箇年間、伊豆国において辛労して、義兵の遠慮おめぐらせし時に、〈○中略〉彼政道お伝聞に、御賞罰分明に、して、先賢の好する所なり、しかりといへども、尚以罰のからき方多かりき、是に依て氏族の輩以下疑心お残しける程に、さしたる錯乱なしどいへども、誅罰しげかりし事いと不便也、当代は人の歎きなくして、天下おさまらん事、本意たるあいだ、今度は怨敵おもよくなだめて、本領お安堵せしめ、功お致さん輩においては、殊更莫太の賞お行はるべき也、此趣お以、面々扶佐し奉るべきよし仰出されし間、下御所殊に喜悦有ければ、師直並評定衆、各忝将軍の御詞お感じ奉て、涙お拭はぬ輩はなかりし、