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早雲寺殿廿一箇条
一第一仏神お信じ申べき事
一朝はいかにもはやく起べし遅く起ぬれば、召仕ふ者まで由断しつかはれず、公私の用おかく なり、はたしては必主君にみかぎられ申べしと、ふかくつゝしむべし、
一ゆふべには、五つ以前に寝しづまるべし、夜盗は必子丑の刻に忍び入者也、宵に無用の長雑談、 子丑にねいり、家財おとられ損亡す、外聞しかるべからず、宵にいたづらに焼すつる薪灯おと りおき、寅の刻に起、行水拝みし、身の行儀おとゝのへ、其日の用、妻子家来の者共に申付、扠六つ 以前に出仕申べし、古語には、子にふし寅に起よと候得ども、それは人により候、すべて寅に起 て得分有べし、辰巳の刻迄臥ては、主君の出仕奉公もならず、又自分の用所おもかく、何の謂か あらん、日果むなしかるべし、
一手水おつかはぬさきに、厠より厩庭門外迄見めぐり、先掃除すべき所お、にあひの者にいひ付、 手水おはやくつかふべし、水はありものなればとて、たゞうがひし捨べからず、家のうちなれ ばとて、たかく声ばらひする事、人にはゞからぬ体にて聞にくし、ひそかにつかふべし、天に局、 地に蹐すといふ事あり、一拝みおする事、身のおこなひ也、隻こゝろお直にやはらかに持、正直憲法にして、上たるおば敬 ひ、下たるおばあはれみ、あるおばあるとし、なきおばなきとし、ありのまゝなる心持、仏意冥慮 にもかなふと見えたり、たとひいのらずとも此心持あらば、神明の加護有之べし、いのるとも 心まがらば、天道にはなされ申さんとつゝしむべし、
一刀、衣裳、人めごとく結構に有べしと思ふべからず、見ぐるしくなくばと心得て、なき物おかり もとめ無力かさなりなば、他人のあざけり成べし、〈○中略〉
一上下万民に対し、一言半句にても虚言お申べからず、かりそめにも有のまゝたるべし、そらご と言つくれば、くせになりてせゝらるゝ也、人に頓てみかぎらるべし、人に糺され申ては、一期 の恥と心得べきなり、〈○中略〉
一よき友おもとめべきは、手習学文の友也、悪友おのぞくべきは、碁、将棊、笛、尺八の友也、是はしら ずとも恥にはならず、習てもあしき事にはならず、但いたづらに光陰お送らむよりはと也、人 の善惡みな友によるといふこと也、三人行時、かならずわが師あり、其善者お撰で、是にしたが ふ、其よからざる者おば是おあらたむべし、〈○中略〉
一、文武弓馬の道は常なり、記すに及ばず、文お左にし、武お右にするは、古の法兼て備へずんば有 べからず、