仰高錄

扠又奥向の輩へ、享保の始仰出有之、各心得の御書付、毎歳御用掛、御側衆列座被読之候而 各拝聞、此趣忘却無之、書付候て常々懐中も可仕程に、相心得候様との御事也、
一人馬分限相応に相嗜候義は勿論に候、あたま数に合候へば能と存、欠走不自由なる者、又は年 にもたらざる者、馬お持候とも、ふかむてうなるは不召抱も同様たるべき事、
一猥に極楽、または他行、かたく可相慎事、
一断なくして、外様と出合いたすまじき事、
一仲間の出合は、平生給候料理にて度々参会致べく候、猶武士の作法お不乱やう相心得事、
一衣服、家作等の義、少も見分にかゝはり取繕申まじき事、 但衣服、家作、或は料理等軽仕候義能と存候ても、世間並の風儀移候輩も有之候、愚人の謗に は抱申まじく候、人馬相応に不抱、妻子並養介人取乱、見ぐるしく暮させ候程なる恥は有之 まじく候事、
一妻お持候者、並娘お縁付候者、世間殊の外結構に候旨、兼而被為聞召候、向後世間並にいたさで は先様うけがわず候はゞ、約束致まじき事、
一御番に罷出候節、宿近く候とも、子細なくして歩行にて出申まじく候、且又五十以上の者も、可成程は馬上にて相勤可申候事、
但病気にて久敷馬上難成は可相制事
一馬鎗は不及申、若党中間迄、急度可召連候、天気能時、長柄傘一切無用の事、
但傘之儀、軽き事にて候得ども、個様の無益之余、晴がましき儀心付申様にとの御事に候、
一外様より奥向の者に対し、上お敬候而相応より諸事慇勤に仕事、手前よりも又先様の人体お 見はからひ、慇勤に礼儀等可致候、先の敬に乗じ大体にいたし候は、御威光おかり私曲仕之元 たるべき事、
但御用承候町人など、別て取入可申候、夫に取合私用お弁候義、是又私曲の元と存、可相慎事、一知行被下候者、百姓の仕置正路に可仕義、或は奢がましき事おはぶき候心付は薄して、物成納 候所は、一際多く申付候輩も有之、大なる心得違の事、
将又完保三癸亥歳八月被仰面々一同、別て御役人共心得候様にとの御書付、
一面々行儀作法は不申及、子弟並親類迄も心付候程は、猥がはしき儀無之様に、常々心お可被付 事、
一参会の時、酒宴に長し、不似合遊興音曲可為無用事、一奉行中並諸役人同役寄合の時、相談時刻移候はゞ、かろき科は可被遣之、態と滞座有之て酒宴 等之催無用に候、総て御用の儀無底意申談、猶遅滞ならざる様に可被心掛事、
一奉行諸役人中は、不依何事好候儀お、専玩候儀は遠慮可然候、其好む所にたより、秘計おも廻ら し申事候、猶賄賂の筋無之様に、常々家来へも可被申付事、
一勝手不如意の輩も、内証奢は不相止、剰家来扶助等疎成も有之様に相聞候、従前々御条目にも、 万倹約お用、私の奢すべからざる旨被仰出候、向後弥急度可被相守事、
一分限不相応に供おも減、外出候輩も有之由相聞、如何に候間、相応にあるべき事、
一かろき町人体の者など、心易仕候儀有之まじく候間、可被心附事、
右之通可被相守候、以上、
八月
別紙之趣奉得御内意候間、堅相守らるべく候、総而被抑出候儀可相守儀に候へども、奉承知候 迄之儀の様に、成行候御役人の儀は別て被仰出候趣、とくと呑込慎候はゞ、自然と外々へも移 り可申事に候、此度相達候趣、後々迄忘却無之様に追々被仰付候、御役人へも申継候様可被相 心得候、此両度の御書付は別て深尋子細有之により、こゝに記出さしむ、
此等の類の事どもは、毎々一通の御書付よりも、別て疎に存べき品ならず候、武士の風俗、御奉公仕者の本意、且又畢竟今泰平益安穏の天下、各日々夜々栄耀花美に成行候へば事安からず、されば其事の易からぬより、おのづから礼義乱て、信お失ひ調がたく処、公〈○徳川吉宗〉之御示教深忝次第也、