[p.0174][p.0175]
大三川志
九十九
神祖、台徳公の夫人へ、尊書お賜らせられ、公子成育し給ふことお告させらる、粗其尊意お摘で、是お載す、以下凡て十六条、
一竹千代君〈○家光〉国松丸君〈○忠長〉殊に成育あらせられ、喜び玉ふ、夫により、郷に其地へ入らせ玉ひ、 竹千代君へ傅臣お命じ玉はんことお宣ふ、定お命じ玉はんと思はせらる、国松丸君は、殊に敏 恵の天資、喜ばせ玉ふ、夫人殊なる鐘愛の旨然るべきことなり(○○○○○○○○○○○○○○○)、因て尊慮お告げさせらる(○○○○○○○○○○○)、能其旨お以て(○○○○○○)、成育し給ふべし(○○○○○○○)、
一幼児は、敏恵なりとて、立木のまヽに生育つる時は、成長して、資にして詭随なり、多くは親の命 お用ひず、親の命お用ひねば、臣下の言は猶以て用ひず、然れば、後に至て、国郡お治ることは勿 論、其身お立てることも得ざるなり、幼少の時は、諸事直なる者なれば、窮窟に育ちても、最初よ り教れば心ならず、何の苦もなく育つなり、〈○中略〉
一資にては、我志願の成ることは、終になきことなり、第一資にては、親お畏れず、親に捨られ、第に に親に疎まれ、第三に、朋友に疎まれ、第四に、家臣に疎まれ、第五に、我身の志願成らず、此五つの 如くに成れば身お疎み、大道お恨み、後には鬱滞し、心乱るヽより外なし、唯幼少より物毎自由 にならぬ事、覚ゆべき事なり、〈○中略〉
一幼年の時は、必ず気に応ぜぬことお雲ひ聞かすれば、側にある物お取て擲ち、物お損ずること あり、是お虫気とのみ思ひ捨置くこと、甚だ親の其子へ毒お増と雲ふ者なり、〈○中略〉成人の後も、 何ぞ心に応ぜぬ事あれば、物お損なふ者なり、是全く資なる生育故なり、器物は損なひても善 と雲ふべきなれども、後には諸臣の我心に応ぜざる事お雲たるお、手擊にすれば、気がさへさ へとするやうに、覚ゆることになるなり、其病の深くならぬ前に、早く療治すべきことなり、〈○中 略〉
此書は、国松丸君へ進らせ置れ、成育あつて能用ひ給ふやうに、教へさせらるべし、