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武功雑記
一大久保玄蕃頭へ石川主殿頭見廻被申候刻、主殿頭へ兼々御異見申度三け条有之候とて、内室、並息四郎左衛門お呼で、某今主殿頭殿へ三箇条の異見お申べし、老旄たる事お申さば、申きかせよとて雲ひ出さるヽは、先一け条は、家来お不便に被存事、いかやうにも親切なるべし、たとへば家来のためには股の肉おもさき、又は命おもとらせらるヽほどに御心得ありて、若下より上お蔑にし、法お犯したる事あらば、暫もゆるさず手打にもいたさるべし、第二け条には、君の事お大切に被存事肝要なり、其段は同名相模守、御同名主殿様、弾正様、貴様に到ての御厚恩お存らるべし、たとへば君と親とより糞草鞋お以て、糞土の内へふみこまれたりとも、子ぢかへりてもみぬものにて候、君の子んごろなる時よくつとめ、君の疎時、忽に臣として通懐の心生ずるは犬馬と同、犬馬は愛すればなつき、愛衰ふればそのまヽなつかず、人としては一度恩お受ては、君は我におろそかになりたりとも、何とぞつとめて、君の御心おやはらけたきとのみ、無二に志すおこそ武士と申かひも御座候ぞ、第三箇条は、思慮も分別も不入候、何事も隻誠なるがよく候間、隻々心お実に可被致候雲々、某忰四郎左衛門お御小性にめしつかはれ、此中は表へ御出し被成候、人にはあひふさいあるものなれば、君臣の間にもあるべければ、少も御恨には不存候、若四郎左衛門不忠の心ありて、加様の儀に付、御前遠く成候などヽ其品おきかば、人手にはかけまじ、某が老の手にかけて、頸お刎べしとこそ存候へ、君に対し不届のものは、何ぞ子ともおもはんやと被申候由、