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朝倉英林家誡

一於朝倉之家、不可定宿老、其身之器用忠節に可寄候事、
一代々持来候などゝて、無器用の仁に、国並奉公職被預間敷候事、
一雖為天下静謐、遠近に国目付お置き、其国々為体お被聞候はん事、専一候事、
一名作の刀、さのみ被好間敷候、其故は万匹の太刀お持たりとも、百本の鑓、百張の弓には勝たれ 間敷候、万匹お以て百本の鑓お求め、百人に為持候はゞ、可塞一方候事、
一従京都四座の猿楽細々呼下、見物被好間敷候、其価お国の猿薬の内、器用ならんと上せ、仕舞お も被為習候はゞ、後代まで可然歟の事、
一於城内、夜能協間敷候事、
一侍の役たりとて、伊達白川へ使者お立、能馬鷹被求間敷候、自然他所より到来候はゞ猶に候、こ れも三け年過ば他家へ可被遣候、長持すれば後悔出来候事、
一朝倉名字中お始、各年の始に出仕の上著、よき布子たるべく候、並各同名定文お付させらるべ く候、分限あるとて衣装お結構せられ候はゞ国の端々の侍、色お好ゆきとゞきたる所へ、此体 にて出にくきとて、虚病お構、一年不出、二年出仕不致は、後々は朝倉が前伺候の者少なかるべ く候事、
一其身の体醜く候とも、けなげならむ者は、情可有之候、又億病なれども、容儀おも立よきは、供使 の用に立候、両方かけたらむは所領たしなす歟の事、
一無奉公の者と、奉公の族、同あひし候はれ候ては、奉公の人はいさみ不可有之事、
一さのみ事かげ候はずは、他国の浪人などに、右筆させられ間敷候事、
一僧俗ともに能芸一手あらん者、他国へ被越間敷候、但身の能おのみ本として、無奉公ならん輩 は無曲候事、
一可勝合戦、可取城攻等之時、吉日お撰、方角おしらべ、時日おのがす事口惜候、いかに吉日なりと も大風に船お出し、大勢に独向は、不可有其曲候、悪日惡方なりとも見合により、諸神諸仏八幡 摩利支天に別て精誠お致し、信心お以て戦はれ候はゞ、必可相得勝利候事、
一年中に三け度計、器用あらん者に申付、国々お為順、公民百姓の唱お聞、其沙汰お可被致候、少々 形お引替、自身も可然候事、
一朝倉館の外、国の中に城郭お構へさせ間敷候、総別分限あらん者、一乗谷へ被越、其郷其村には 代官百姓等、計可被置候事
一伽藍仏閣並町屋等お通られん時は、少々馬お駐め、見苦きおば、〈○此間恐脱数字〉能おば能々と雲はれ 候はば、いたらぬ者などは、御言葉お蒙りたるなどゝて、惡きおば直し、能おば猶可嗜候、造作お入れず国お見事に持なすは、心一つに可依候事、
一諸沙汰直奏の時、理非少もまげられ間敷、候、若役人私お致すの由被聞及候はゞ、同罪に堅く可被申付候、諸事うつろせきんこうに沙汰致し候へば、他国の惡党等、いゝやうにあつかひたる も不苦候、猥敷所お被知候へば、従他家手お入るゝものにて候、有る高僧の物語せられ候は、人 の主人は不動愛染の如くたるべく候、其故は不動の剣お提、愛染の弓箭お持れたる事、全く突 にあらず、惡魔降伏の為に候て、内には慈悲深重也、人の主も能おば勧め、惡おば退治し、理非善 惡お正しく別べき者也、是おぞ慈悲の殺生とは申候はんずれ、縦ひ賢人聖人の語お学したり とも、心偏にては不可然候、論語に、君子不重則不威などゝあるお見て、偏に重きばかりと心得 ては惡かるべく候、可重も可整も時宜時刻によつて、其振舞の要に候此条々大形に思はれて は無益候、入道一孤半身にゝて、不思儀に国お取により、以来昼夜目おつながず工夫致候、或時 は諸国の名人お集め、其語お耳に挟み、于今如此候、相構て於子孫、此草書お守られ候はゞ、朝倉 の名字可相続候、末々において、我儘に被振舞候はゞ、慥に後悔可有之候也、
○按ずるに、此文又朝倉敏景十七箇条、朝倉始末記等に見えて異同あり、今姑く本書に拠る、