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伊勢平蔵家訓
一人と生れては、人の法おしらざれば人にあらず、形は人なれども、心は畜生に同じかるべし、さるによつて我子孫のおろかなる者に、人の法おしらせたくおもふによりて、左に五常五倫、其外身のためになるべき事どもおかきあつめて、家にのこしおくなり、学文はせずとも、此の書のおもむきお守りて、心お直し、身持およくせば、学文したるも同じ事なるべし、此書のおもむきお、かろしめあなどりて、心お直さず、我まゝおするものは、畜生におなじかるべし、つゝしむべし、〈○中略〉
以上
一人の命はあすおもしらぬものなり、我生年もはや四十七になる故、子孫の為に、此一冊おかき置く也、此一冊に書たる趣、皆我心任せに筆にまかせて、みだりにいひたき事お書たる書にはあらず、皆むかしの人の申置たる事どもお、手短にかひつまんで心得やすきやうに書たるなり、此一冊の趣は、子孫へ申おく遺言なり、かろ〴〵敷聞べからず、つゝしみて此書の趣お守るべし、子孫おおもふは、家おおもふゆえなり、家おおもふは、先祖おおもふ故なり、先祖おおもふは、その家おつぎたるものゝ本意なり、物の本意といふ事お知らざるは、うつけ者とも、たわけ者ともいふなり、此書に書たる趣は、皆人の人たる本意お知らすべき為なり、
宝暦十三年癸未十一月廿日 伊勢平蔵貞丈