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平家物語

入道せいきよの事
二位殿〈○平時子〉あつさたへがたけれ共、入道相国〈○平清盛〉の御枕によつて、御有様見奉るに、日にそへてたのみすくなうこそ、見えさせおはしませ、物のすこしも、おぼえさせ給ふ時、思召事あらば、仰おかれよとぞ宣ひける、入道相国、日ごろはさしもゆゝしうおはせしか共、今はの時にもなりしかば、世にもくるしげにて、いきの下にて宣ひけるは、当家は、保元平治より此かた、度々の朝てきおたいらげ、けんしやう身にあまり、かたじけなくも、一天の君の御外せきとして、せうしやうの位にいたり、えいぐわすでに子孫にのこす、今生ののぞみは、一事も思ひおく事なし、たゞ思ひおく事とては、兵衛のすけより朝がかうべお見ざりつる事こそ、何より又ほいなけれ、我いかにもなりなん後、仏事けうやうおもすべからず、堂塔おも立べからず、いそぎうつ手おくだし、頼朝がかうべおはねて、わがはかのまへにかくべし、それぞ今生後生の、けうやうにてあらんずるぞと宣ひけるこそ、いとゞつみふかうは聞えし、