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島井文書

宗室老徳左衛門へ異見状
生中心得身持可致分別事一生中いかにも貞心りちぎ候はんの事不及申、親両人、宗悦両人、兄弟、親類、いかにもかう〳〵む一つまじましく、其外智音之衆、しせん外方之寄合にも、人おうやまいへりくだり、いんぎん可仕 候、びろうずいいのふるまいおも仕まじく候、第一うそおつき、たとい人のゝしりきかせたる 事成共、うそに似たる事少も申出事無用、総て口かましく言葉おゝき人は、人のきらふ事候、我 ためにもならぬ物に候、少も見たる事知たる事成共、以来せうせきと成事は、人之尋候共申ま じく候、第一人のほうへん中言などは、人の申候共、返事も耳にもきゝ入るまじく候、
一五十に及候まで、後生ねがひ候事無用候、老人は可然候、浄土宗禅宗などは可然候ずる、其外は 無用候、第一きりしたんに、たとい道由宗悦いか様にすゝめられ候共、曾以無用候、其故は十歳 に成候へば、はやしうしだておゆい、つらきそ、ぬるきそとゆい、後世だて候て、日お暮し、夜おあ かし、家お打すて、寺まいり、こんたすおくびかけ、面目に仕候事、一段みぐるしく候、其上所帯な げき候人の、第一之わざはひに候、後生今生のわきまへ候ている人は、十人に一人も希なる事 候、此世に生きたる鳥類ちくるいまでも、眼前のなげき計仕候、人間もしやべつなき事候間、先 今生にては、今生の外聞うしなわぬ分別第一候、来世之事は、仏祖もしらぬと被仰候、況凡人之 知る事にて無之候、相かまいて後生ざんまい、及五十候まで無用たるべき事、〈付人は二三十共にても死候、不至四十五十死候て、後生如何と可存候、其時は二三十に死たると可存、二三十は後生不可存也、〉
一生中ばくち、双六総別かけのあそび無用候碁将棊、平語、うたひ、まいの一ふしにいたるまで、四 十までは無用候、何たるげいのう成共、五十にてくるしからず候、松原あそび、川がり、月見、花見、 総て見物事、更以無用候、上手のまい等、上手の能などは、七日のしばいに、二日計はくるしから ず候、縦仏神にまいり候とも、小々一人にて参候へ、慰がてらには仏神もなうじう有まじき事、一四十までは、いさゝかの事も、えようなる事無用候、総て我ぶんざいより過たる心もち身持に一 段悪事候、併商事れうそくまうけ候事は、人にもおとらぬやうに、かせぎ候ずる専用候、それさ へ以、唐蛮にて、人のまうけたるお、うら山敷おもひ、過分に銀子もやり、第一船おしたて唐南蛮 にやり候事、中々生中のきらい事たるべく候、五〆目一貫目つゞも、宗悦などの中にまで遣候 事は、宗悦次第候、それも弐貫目ならば、二所三所にも遣候へ、一所には無用候、其外之事何事も、 我ぶんざいの半分ほどの身もち、其内にも可然候、たとい世は余めり入たるは惡候間、少はさ し出候へと、人の助言候共、中々さし出まじく候、及五十候までは、いかにもひつそく候て、物ず き、けつこうずき、茶のゆ、きれいずき、くわれいなる事、刀わきざしいしやう等、少もけつこうに て目に立候は、中々無用、第一武具更以不入事候、たとい人より被下たるいしやう刀成共、売候 て、銀子になしてもち候べく候、四十まで木綿き物、しぜんあら糸ふし糸の織物などの少もさ し出候はで、人のめにたゝぬきる物はくるしからず候、家もしゆりゆだんなく、かへかきもな わのくちめ計ゆいなおし候へ、家屋敷作候事、曾以無用候、及五十候ては、其方れうけん次第候、 何たる事に付、我ちからの間来候ては、如何様にも分別たるべく候、それとても多分之人、皆死 する時にびんぼうする物候、我ちから才覚にて仕出し候ても、死期に戍候まで、もちとゞけた る人は、十人廿人に一人もなき事候、況親よりとり候人、やがてみなになし、後にびんぼうのき わに死するものにて候、其分別第一候事、
一四十までは、人おふるまい、むさと人のふるまいに参まじく候、一年に一度二度、親兄弟親類は 申請、親類中へも可参候、それもしげ〳〵と参候ずる事無用候、第一夜ばなし計事、とかく慰事 に兄弟衆よび候共、参まじき事、
一人の持たる道具、ほしがり候まじく候、人より給候共、親類衆之外之衆のお、少ももらい取まじ く候、我持たる物も出し候まじく候、よき物はたしなみ置、人にも見せ候まじく候事、一生中知音候ずる人、あきないすき、所帯なげきの人、さし出ぬ人、りちぎ慥なる人、さし出す心持 よくうつくしき人には、ふかく入魂もくるしからず候、又生中智音仕まじき人、いさかいから の人、物とりぬ候人、心底あしくにくちなる人、中言おゆふ人、くわれいなる人、大上戸、うそつき、 官家ずきの人、つとう、しやみせん小うたずき、口かましき人、大かたかやうの人に、同座にも 居まじき事、付平法人、
一生中むだと用もなき所へ出入、よそあるき無用候、但殿様へ、しぜん〳〵何ぞ御肴之類不珍候 共、あわび鯛左様之類成共、新おもとめさし出可申候、井上周防殿、小川内蔵殿へは、是又しぜん 可参候、其ほかは年始歳暮各なみたるべく候、とかく内計に居候て、朝夕かまの下の火おも、我 とたき、おきおもけし、たき物薪等もむたとだかせ候は蹌やう候、家の内うら等、ちりあくた成 共取あつめ、なわのきれちりのみじかきは、すこしきらせ、ちりもながきはなわになわせ、きの きれ竹のおれ五分まではあつめ置あらはせ、薪かゞり焼物にも可仕候、紙のきれは五分三分 も取あつめ、すきかへしに可仕候、我々仕たるやうに分別、いさゝかの物もついへにならぬや うに可仕事、
一常住薪、たき物、二分三分のざつこ、いわし、あるひは町かい、浜の物、材木等かい候共、我と出候て かい、いかにもねきりかい候て、其代たかきやすきお能おぼへ、其後には誰にかはせ候ても、其 代のやすきたかきお、居ながら知る事候、さ候へば、下人にもぬかれ候まじく候、寿貞は生中、薪 焼物われと聖福寺門之前にて被買候、人の所帯は、薪すみ油と候へ共、第一薪が専用候、たきや うにて過分ちがい候べく候、めししるはいかほどもわれとたきおぼへ、いかほど成共、其分下 女に渡候てたかせ候へ、但壱月にいかほどのつもりさん用候ずる事、但たき候たき物も、なま しきとくちたるが惡候、ひたる薪おかい候へ、薪右柴はぎこきの類が可然候、柴などよりかや焼 物が徳にて候、酒お作、みそおにさせ候にも、米一石に薪いかほどにてよきと、われとたきおぼ え、薪何把とけし炭いかほどゝ、けしおぼえ候て、其後其さん用でたかせ、すみおもけさせ、請取 候べく候、いづれの道にも、我としんらう候はずは、所帯は成まじく候事、
一酒お作り、しちお取候共、米は我ともはかり、人に計らせ候とも、少も目もはなさず候て可然候、 かたかげにて何たる事もさせまじく候、下人下女にいたるまで、皆々ぬす人と可心得候、酒作 候てかし米置候所お、作じやうとさしこわいもぬすむ物候、さまし候時ゆだん仕まじく候、し ちお取候て、させらぬ刀、わきざし、武具以下、家やしき、人の子供、させらぬ茶の湯道具、田地など 不及申、総別人共あまためしつかい候事無用候、第一女子多く置候事無用候、女房衆あるかれ 候共、下女二人おとこ壱人の外曾以無用候、其方子共出来候は、いしやうなどうつくしき物き せ候まじく候、是又よ所にあるき候其、おりに下女人相そへ、あるかせ候へ、さしかさ、まほく 刀等もたせ候事、中々無用候、ちいさきあみがさこしらへ、きせあるかせ候べく候事、
一朝夕飯米、一年に一人別壱石八斗と定り候へ共、多労むし物、あるひは大麦くわせ候べくは、一 石三斗四斗にもいまし候べく候、みそは壱升百人あてに候へ共、多くて百十人ほどにても一 段能候、塩は百五十人にて可然候、多分のかみそ五斗、みそ無油断こしらへくわせ候へ、朝夕み そおすらせ、能くこし候て汁に可仕、其みそかすに塩お入、大こん、かぶら、うり、なすび、とうぐわ、 ひともじ何成共けづり、くすへたかわのすて候お取あつめ、其みそかすにつけ候て、朝夕の下 人共のさいにさせ、あるひはくきなどは、しぜんにくるしからず候、又米のたかき時は、ぞうす いおくわせ候へ、寿貞一生ぞうすいくわれたると申候、但ぞうすいくわせ候も、先其方夫婦く ひ候はでは不可然候、かさにめしおもりくい候するにも、先ぞうすいおすゝり候て、少成共く ひ候はずは、下人のおぼえも如何候、何之消にも其殍別専用候、我々母などもむかしは皆其分 にて候つる、我らも若き時、下人同前のめし計たべ候つる事、〈付あぢすき無用事、大わたぼうし無用事、〉
一我につかい残たるものおとらせ候て、宗悦へ預け、如何様にも少づゝ商事、宗悦次第に可仕候、 其内少々請取、所帯に少も仕入、たやすきかい物も候は、かい置候て、よ所へ不遣、商売あるひは しちお取、少は酒おも作候て可然候、あがり口之物にて、たかきあきない物、生中かい候まじく 候、やすき物は当時売候はねども、きづかいなく物候、第一しちもなきに、少も人にかし候まじ く候、我々遺言と申候て、知音親類にもかしまじく候、平戸殿などより御用共ならば、道由宗悦 へも談合候て、可立御用候、其外御家中へは少も無用候、
一人は少成共、もとで有時は、所帯に心がけ、商売無油断、世のかせぎ専すべき事、生中之役にて候、 もとでの有時は、ゆだん候て、ほしき物もかい、仕度事おかゝさず、万くわれいほしいまゝに候、 やがてつかいへらし、其時におどうき後くわいなげき候ても、かせぎする便もなく、つまじく 候ずる物なぐ候ては、後はこつじきよりはあるまじく候、左様の身おしらぬうつけものは、人 のほうこうもさせず候、何ぞ有時よりかせぎ商、所帯はくるまの両輪のごとくなげき候ずる 事専用候、いかにつまじく袋に物おつめ置候ても、人聞の衣食は調候はで不協候、其時は、取出 つかひ候はでは協まじく候、武士は領地より出候、商人はまうけ候はでは、袋に入置たる物、即 時に皆に可成候、又まうけたる物お、袋にいかほど入候其、むだと不入用につかいへらし候て、 底なき袋に物入たる同前たるべく候、何事其分別第一候事、
一朝は早く起候て、暮は則ふせう候へ、させらぬ仕事もなきに、あぶらおついやし候事、不人事候、 用もなきに夜あるき、人の所へ長居候事、夜るひるともに無用候、第一さしたてたる用は、一刻 ものばし候はで調候へ、後に調はざる、明日可仕と存候事不謂事候、時刻不移可調事、
一生中身もちいかにもかろく、物お取出など候ずるにも、人にかけず候て、我と立居候ずる事 などにて候、かけ硯、こた袋等、われとかだけ候へ、馬にものらず、多分五里三里徒にて、とかく商 人もあよみならひ候て可然物候、われら若き時馬に乗たる事無と、道のりいかほどゝおぼえ、 馬ちんいかほど、はたごせん、ひるめしの代、船ちん、そこ〳〵の事書付おぼえ候へば、人お遣候 時、せんちん、駄ちん、つかいお知る用候、宿々の丁主の名までおぼえ候ずる事、旅など候人の商 物事伝候共、少も無用候、無余儀知音親類不遁事ならば不及是非候、事伝物も少も売べき、買べ き、仕まじき事、
一いづれにてもしぜん寄合時、いさかい口論出来候は、初めよりやがて立退、早々帰り候へ、親類 兄弟ならば不及是非候、けんくわなど其外何たる事、むつかしき所へ出まじく候、たとい人の 無鱧おゆいかけ、少々ちじよくに成候ともしらの体にて、少の返事にも及候はで、とりあいま じく候、人のひけうものおくびやうものと申候共、宗室遺言十七け条之書物そむき候事、せい し之罰如何候由可思事、
一生中夫婦中いかにも能候て、両人おもいあい候て、同前所帯おなげき、商売に心かげ、つゝまじ く無油断様に可仕候、二人いさかい中悪しては、何たい事にも情は入まじく候、所帯はやがて もろくくつれ候ずる事、又我ら死候は、則其方名字おあらため、神屋と名乗候へ、我々心得候て 島井は初之一世にて相果候、但神屋不名乗候て、前田と名乗候てくるしからず、其方衣第候事、 〈付何事に付ても、病者にては成まじく候、何時成共年中五度六度不断灸治、薬のみ、候ずる事、〉
以上
右十七け条之内、為一非宗室用候、其方麹生中守令遺言候、夫弓矢取之名人は、先まくべき 時之用心手だてお第一に分別お極め、弓矢お被取出との事候、縦まけ候ても、我国おも不 失、人数おもうたせず候、無思藁之武士は、少も無其分型むだと人之国おも取べきと計心 得取かゝり、まけ候へば、持たる国まで被取、身おも相果と申候、つれ〴〵ぐさに、双六之上 手の手だてに、かたんと打べからず、まけじと打べしと書置候、是其理也、其方事先所帯お つまじく、夜日心がけ、其上にて商売無油断可仕候、若ふと総銀子もうしない候共、少成共 所帯に仕入残たる物にて、又取立候事も可成候、銀子まうけ候ずると計心得、少もしよた いに不残、ほしき物おもかい、仕度事おも存分のまゝ調候は、一日之内に身上相果可申候、 とかく先すりきりはて候ずる時の用心分別専用也、双六上手之手だておもひあわせ候 へ、作恐右之十七け条為其方には、太子之御憲法にもおとりまじく候、毎日に一度も二度 も取出令披見、失念候まじく候、於同心此内一け条も、生中相違仕まじきと、実印之うらお かへし、誓紙候て可給候、拙之死候は、棺中に入べきため也、仍而遺言如件、
慶長拾五年〈甲戌〉正月十五日 虚白軒
宗室〈花押〉
神屋徳左衛門どのへ