[p.0242][p.0243][p.0244]
文明一統記
後成恩寺関白〈○一条兼良〉
一八幡大菩薩に御祈念あるべき事
其御祈念有べきことは、賤くも我身征夷将軍の職お蒙りて、おほやけの御かため也、日本国中六十六け国お治べき仰おうけ給ることは、前世の宿習といひながら、父母二親の御恩也、但天下お治す、なほなる世にかへさ争むば、其職に有ても詮なかるべし、ねがはくは、八幡大菩薩の御はからひとして威勢お加へせしめ給へと、かくのごとく威勢の事お祈申は、またく我身思さまにふるまはん為にはあらず、此十余年、公家武家お始として、僧俗男女に至まで、一所懸命の地お人に奪れ、憂悲苦悩おするお見てける、余に不便におぼゆる故に威勢だにもあらば、道お道に行んと思ふによりて、ひとへに御神の冥慮おあふぐもの也、諸国の守護たる人の心向、いかにも穏便になして、慈悲の心おつけ給へ、げに〳〵思なおらずは、忽に冥罰おあたへ給ふべしと也、ふたゝびすなおなる世に立かへらば、今生の願満足して、後世までも、名将軍といはれん事、人間の思出是に過べからず、併大菩薩の御はからひに有べしと、毎日に朝とく御手お洗、御口お灌ぎ給ひ、南方に向せ給ひて、至誠心に御祈念有べし、神明世にましますものならば、などか納受し給はざらん、此御心中の趣、世にかくれなくば、つたへ承るものも、一たびは禅慮に恐おなし、一たびは武威お辱思ひて、諸守護の心向も、おのづから持なおして、文明一統の天下に成べきこと、掌おさすがごとくなるべし、〈○中略〉
一政道お御心にかけらるべき事
何事お申ても、おちふす所は、たゞ政道お正しく行はんにはしくべからず、近年寺社の本所領お、無理に押へ、知行せるかた〳〵の、こと猛惡の心お先として、後代の名おも恥辱おも、かへりみざるにや、流石代々忠節奉公おいたせる家にて、忽に先祖の跡おはづかしむること、口惜とも、中々いふ計なし、その身一期の事は、さもこそ侍らめ、子孫お思ふ心のなきは、頗遠慮なきに侍らずや、是によりて、政道のことお指おかるゝ条は、千万然べからず、けりやう上裁に応せざる人においては、かれら申入事も聞しめし入られざらんが、そのいはれ有ににたり、総別に御心おやすめらるゝ時は、とが有物もなき物も、差異なかるべし、かつうは又、すてばひろはむと申事の侍れば、いかなる野心お存する者も出来すべし、かた〴〵然べからず、此前にもすでに御判初有し上は、もし与奪申されば、御代官としてやすきことなど、御成敗あらんに、何のやうか侍るべき、一方むきのさたは、奉行披露にまかせて、御教書に御判おすえられん計也、たとひ又破戒のさた成とも、両方の訴陳せんことお、たれにても両三人に仰付られて、批判おせられて、理有方へ付られんも、いとやすき事なるべし、一旦聞あやまり、又見おとしたることなどあらば、越訴おたてゝ申さんとき、あらたあられんこと、是又今はじめたる事にあらず、むかしより有来ことなるべし、万機の政なれば、一日二日の解怠だにも然べからず、それお一かうにうち捨られんこと、は、勿体なき事成べし、よく〳〵御思案有べきにや、事多しといへども、筆かぎりあれば大かたはからひ申侍るもの也、
○按ずるに、一条兼良の訓戒の事お記せる書には、此他樵談治要、さよのねざめ等の著有り、