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総見記

平手中務諫言切腹事
信長公〈○織田〉異風なる御挙動、逐日さかんになり、加之御心立も不揃して、行儀作法もさながら狂人の如し、此比の様体にては、中々国郡お治め給はん事、協難く見えける故、諸人皆危く思て、安堵の心更になし、御傅の長臣平手中務政秀、此事お深く歎て、毎度諫お奉るといへども、御承引の儀曾てなし、〈○中略〉中務度々諫言お奉つて、信長御気随の儀どもお申止めんとしけるに、信長公一旦御承引有といへども、未御若年なる故、たしかに守り給ふ事なし、中務是お嘆きて、所詮頼もしからぬ主人お守り立て、事ゆくべしとも思はざれば、忠諫の為に腹切て、無らん跡までも責て忠義の志お立んと決定して、一通の書お残して曰く、度々の諫言御用ひなき事、身の不肖不過之、因滋自害お致し候者也、あはれ某が死お不便に被思召ば、申上置たる処、一箇条にても御用ひに於ては、草の陰にても難有仕合に可奉存由、遺書に諫状お指添へ留め置きて、政秀即ち腹切て死去しけり、誠に是末代無双の忠臣とぞ聞えし、信長公大きに驚き思召て、御後悔不斜、屢愁涙お垂給ひて、平手が諫状の趣お一々御信服あり、是より御心立行儀作法お改られ、日々真実の御嗜也、