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大三川志
三十五
前田利家、石田が計策に勧められ、既に自立の志お抱き、神祖〈○徳川家康〉お害せん謀に与みす、細川忠興は、利勝と姻親の好みあれば、利勝夜密に忠興の邸に到り是お告ぐ、忠興が曰、貴君の言お按ずるに、社稷存亡の機お察せざるに似たり、夫三成が姦佞は、元より貴君も知らるることなり、必終に彼れに欺かれ、姦党に陥らん、危こと甚し、嘗て三成が、尊父利家君お崇敬するは、実に是お敬するに非ず、尊父の威権お以て、内府お亡さしめ、己が事おなさんがためなり、利勝、此言お聞て始て悟り、大に驚鍔す、〈○中略〉利勝が曰、貴兄の厚志に預らずんば、我等必彼徒の謀に陥らん、願くは貴兄、父利家に苦諫せられ賜はるべしと請ふ、忠興則利勝と共に、利家の邸に行き、利勝先づ内に入て、利家お諫む、利家敢て従はず、利勝が曰、忠興も諫め奉んと、共に来ると、席お起ち、又忠興お伴て、利家の前に坐す、忠興具さに前件の事お伸べて苦諫す、利家是に従ひ、願くは貴兄、内府へ此事お通じ玉はるべしと請ふ、忠興喜び、其夜伏見に到り、神祖に謁し、利家の深く過ちお悔ることお告げ奉る、