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窻の須佐美

因幡守〈山名氏〉豊就の家に老儒ありけり、君幼くして孤となり、婦女の中にてそだち、女の手にて成人せし事故、常に酒食に耽り、放逸のみ多かりしかば、彼翁さま〴〵に教訓しけれども、あへて用る心なく、縦欲日々に長じければ、翁其家お立退きけるが、一通お残して雲、先君仰鬣れしむねに任せ、年月愚意お申せども御許容なし、されば某先君の御遺戒と違ひ、且素餐のそしり辞しがたく、立退る由お書て、翁の退たりしお豊就聞て、書置るものはなきやとありし時、其書出したりしかば、これお取て一間に入、終日読て快々として怨愁にたへず、即人お立しめて、行衛お尋ねさせて申されけるは、年来君が諫お不用、誤りたる事詞なし、向後は悉く改て君が意に従ふべし、早く立帰りて、今一度教申候へと、詞お卑して罪お謝せられければ、翁ももだしがたく、蹄り来りて元の如く仕へけり、これよりして今までの非儀悉くあらためて、別の人になられけると、人語りしも、三十年ばかりにやなりぬらんと覚ゆ、