[p.0285]
徂来先生答問書

一諫は大形は申さぬがよく御座候、しば〳〵すれば辱らるゝと申事御座候、其故は言語お以て人お喩さんとする事、大形はならぬ事にて候、此方より申候程之儀は、大形は先も合点なるものに候、隻わが心よりさとると、さとらざるにて、了簡は替る物にて候お、さとらぬ人お口上にて申すくめ候半は、いやがり候も理に候、孔子も諷諫およしと被成、易にも納約自牖と御座候は、先のおのづからにひらけ候お、よしと致候事に候、其事となしに、外の事より申候へば、得道まいる事も有物に候、其事の是非お争ひ候へば、先の気立て居候故、相手立候て必争になる物に候、争にかち候はんは、合戦に勝がごとくに候故、怒はやみ不申候、まして君に対しては、聞入らるべきやう無御座候、若君より諫お御求め候はゞ各別の事に候、又兼てわれお深く信仰したまはんには、諫も行はれ可申候、総じて諫に限らず、われお信ぜざる人に向ひて、道理お説候事、何の益も無之事に候、今世に君お諫め人に異見お申候は、大形は傍人お聞手に立候心多く御座候、是は専ら公事人の心に候へば、争の真中に候故に、諫は大形は君の惡お激する事に罷成り、身も死し諫も行はれず、隻諫臣といふ名お取り候事に止り候、然れば忠臣にてはなくて、名聞の甚敷にて候、先如此心得可申事に候、然共其職分にはまりて、我身の事のごとくに存候人は、時にとりては申さで協はぬ事ある物に候、それは其時の事に候、已上、