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永享記
憲実出家之事
于茲管領上杉安房守憲実、しばらく関東の成敗お司て、鎌倉に在しかば、諸大名頻に媚おなし、彼下風に立んことお望ける、元来忠有て誤なしといへども、虎口の讒言に依て、君臣不快となりし事お思へば、未来永刀迄の業障也、公方連々京方御退治の企お申止めんとて、度々上意に背し故なれども、有為無常の世の習、明日おも不知命の中なれば、因果歷然、忽身に報ぜん事お思ひ、又譜代の主君お傾け奉る、末代の潮お恥て、其身の罪お謝せん為にや、俄に出家し給ひて、法名お高岳長棟庵主と号す、〈○中略〉長春院へ参詣して、公方の御影の前にて、焼香念仏し、〈○中略〉腰の刀お引抜て、左の脇に突立給処お、御供の侍、高山越後守、那波内匠介、走寄て懐付、御脇差お奪取、其時皆々馳集て、屋形へ還し奉て、能々養生し奉れば、定業ならぬ事なれば、程なく平愈し給ける、