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備前老人物語
一関け原陣の前に、石田治部少輔〈○三成〉一騎がけに、佐和山より大坂にはせ来り、増田右衛門尉に参会し、密に談ずべき事ありとて、数寄屋に入て物語してけり、初はなに事おかたられたりけん、〈○中略〉太閤檬御わづらひ御快気の刻、貴殿我等共おめされ、女等に百万石づゝ被下べし、其故は今度病気中に、いかほどの事おかおもひたりけむ、女等お大名になし置なば、万事心やすかるべしとおもふなりと、おほせられし、皆々目お見合せ、さてもありがだき仰かな、なにとも申すべきことばもなし、しかれども人口も御座あるべければ、かさねてこそ仰おば奉るべしと、達て辞し申せし事お思ふに、かへらぬ事にてはありけれど、くやしかりし事かな、その時百万石お領したらば、なにの不足かあるべき、とにもかくにも我人数おもたざれば、思ふに益なし、口惜しき次第なりとて、帰りしと也、かゝる大事の事どもおば、誰か聞伝へたりけむ、たしかに人の語りしお聞たり、不審なる事共也、