[p.0289][p.0290]
駿台雑話

風俗は政の田地
万治完文のころかとよ、世に鶉はやりて、〈○中略〉阿部豊後守忠秋も、其ころ鶉おすかれて、常に籠お座側に置てなかせてきかれけり、それおさる列侯なる人きゝて、其ころ世にかくれなき鶉お厚価にてもとめて、ある官医おもて、ちかきころめづらしき鶉おもとめ得て候、御慰に進したきよしおいはせけり、〈○中略〉豊州きかれて、先へよく意得てとばかりにて、とかくの返事なし、しばらくありて、近習のものお呼て、鶉籠の口お、みな庭のかたへむけよとある程に、みな外へむけゝれば、其口おのこりなくあけよとある程に、皆あけゝれば、鶉残らず、籠おいでゝとびさりぬ、かの官医見て、不審におもひ、久しく御手馴し鳥にて、又立帰り候ふやといへば、豊州いやさにてはなし、今日より残らず放ちやるにて侍る、さて序ながら申す、某ごとき上の御威光にて、人に執しおもはるゝ身にて、物はすくまじき事にて侍る、某このごろふと鶉おすき候へば、はやさやうにきこゆる人もおはし候、向後はふつと鶉すきおやめ侍るべしと、いはれしかば、かの官医も手持なくみへしとぞ、