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北条五代記

物見の武者ほまれ有事
聞しは昔、或老士物語せられしは、われ小田原北条家に有て、数度の軍にあひだり、〈○中略〉天正十三年の秋、佐竹義宣と北条氏直、下野の国において対陣おはり、東西に旗おなびかず、氏直はたもとより、物見お五騎さしつかはさる、さかひ目へ乗出し、敵の軍旗おはかる所に、其内に山上三右衛門尉、波賀彦十郎二騎は、其所の案内およく存ずる故にや、さかひお一町ほど乗過し、高き所へ乗上る、敵の草是お見、はちの如くおこつて、二騎の武者お取まきぬれば、網にかゝる魚のごとし、三右衛門敵跡おば取切れ、敵地たりといへ共、北方おさしむちうて、希有に其場おのがれ、野原おはせすぐる所に、草苅共にげゆくお追たほし飛でおり、首一つ取、敵あまたおひかくるといへ共、馬達者なる故、大山へ乗上、嶺お下り、みかたの地にはせ付たり、彦十郎は、敵にかこまれ落べきかたなく、敵陣まぢかく乗入、堤づたひに道有お兼てしり、それより南おはるかに駒にむちうて落行お、陣中より騎馬おほく乗出し、前後左右お取切、或は乗かけ討んとすれば、むちに鐙おもみそへ、二間三間馬おとばせ、或はよつてくまんとかゝれば、馬に声おかけてはせすぎ、数度いやうく見えしが、終にうたれずして、大河へ乗入、馬おおよがせ、こなたの岸に付ぬ、氏直両人のはたらきの次第おきこしめし、御感なゝめならず、諸侍かんたんせずと雲事なし、やがて両人お御前にめされ、仰出さるゝおもむき、山上三右衛門尉敵あまたにかこまれ、戦場おはせ過るのみならず、敵一人討捕、大山おこえ帰陣する事、心剛にして、馬も達者たる故、軍中のほまれ比類なき高名なり、扠又波賀彦十郎敵に取こめられ、よん所なきが故、敵陣へ馬お乗入、堤づたひの順路お知て、南おさしてはせ過、其上又陣中よりあまたの騎馬に出いひ、数度難義におよぶ処に、樊噌おふるひ、かれらにも討れず、大河へ乗入、敵みかたの目おおどろかし、こなたの岸に馳付事、前代未聞の剛者也ていれば、首お取たる三右衛門が武勇、いづれおとりまさり有べからず、〈○中略〉二匹の名馬に鞍おかせ引立、御前において当時の御ほうびと有て、両人相並で一度に是お拝領す、