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備前老人物語
ある老人、年老て身の養もいらぬもの也といひしお、ある人諫て、一夜の宿も雨露もりぬるはよからず、むかし松永〈○久秀〉信長公に戦まけて、自害におよばんとせしに、百会に灸していひしは、これお見る人いつのための養生ぞやと、さこそおかしくおもふべけれど、我常に中風おうれへぬ、死にのぞむも、卒爾に中風発して、五体心にまかさずば、億したりとやわらわれなん、さあらんには、我今迄の武勇こと〴〵く、いたずら事になりぬべし、百会は中風の神灸なれば、当分其病おふせぎて、こゝろよく自害すべきとのため也とて、灸おしすまして腹切りしと也、其名お惜む勇士は、かくこそあらまほしけれといひけり、