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誓約は、ちかひと雲ふ、身命お神仏に賭け、若しくは名誉に訴へて以て其事の虚ならざるお誓ふお謂ふなり、古くは又之おうけひと雲ひ、種々の徴証によりて、自他約言の真偽お判し、或は予め事物の吉凶当否お決したり、誓約の一種に探湯あり、
探湯は、之おくがたちと雲ふ、或は手お以て沸湯お探り、或は焼鉄お掌中に置て、其糜煉すると否とに依りて正邪曲直お定む、後世の湯起請、火起請と称するもの、蓋し是に原づく、又古くは誓約の方法に、或は磐石の上に居り、或は手に香炉お執り、或は神水お飲み、塩汁お歃り、或は石火お敲き、金お打つ等の事ありき、後ち誓約の文詞お書するに及び、此に起請文と称するもの起り、一般に契約お行ふときは、必ず之お用いることヽなれり、起請文は、一に神文と雲ひ、又告文、祭文、誓文、誓状、誓文状等とも称す、邦語に之おちかごとぶみ、又堅めとも雲へり、其書式粗〻一定し、先づ誓約の条文お列記したる所お前書と雲ひ、次に神仏の名お掲げて、若し其誓約に背くときは、当に冥罰お蒙るべしとの意お記せる文お罰文と称す、而して罰文は、大抵神社より配付する、牛王宝印と称する神符の紙背に書せり、起請文お作るに、二枚若しくは七枚以上に及ぶことあり、是れ一は神社に納め、一は誓約者の間に分ちて、後日の証憑に供せんが為めなり、起請文は単に私の誓約に止らず、法律訴訟等の公の誓約にも亦之お用いしことあり、殊に徳川幕府に在りては、諸役起請前書の式お定めて、役員就職の時は勿論、駕寵御免、病気引籠等の際にも、各〻此式に依りて誓詞お上らしめ、又南蛮誓詞と雲ふものお定めて、以て耶蘇教禁止の料に資したり、又起請文は旧く之お焼きて灰となし、水若しくは酒に混じて飲みし事あり、恐らくは神水の余習なるべし、又起請お破りたる場合には、物お以て之お贖はしめし事あり、而して起請文の文詞に不備の点ある力、又之お書きて後、一定の期間に、鼻より血お出し、衣服お鼠に飡はれ、若しくは重軽服に遭遇するが如き事あるときは、之お起請失と称し、共に其篇目お定めて、堅く之お戒めし事あり、