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徒然草諸抄大成
十六
比叡山に大師勧請の起請文といふ事は、慈恵僧正書始給ひけるなり、〈(中略)又貞徳曰、或時比叡山中堂のこが子のあぶらつきの失し時、火起請(○○○)行ひて、手のやけたるものおきられし、其後京都にありし盗人お千本にてきられしに、其盗人先年中堂のあぶらたきも我取しなり、手のやけたる者はとらざりしと語りしより、火起請は世に行れずと、外記の道白かたられ侍し、されども秀吉の御代に、徳本といふもの弟にさヽへられ、兄弟北野にて火起請おとらせらる、弟のみ手やけて、兄の徳本が手はすこしもやけざりし事侍りき、つら〳〵是ち案ずれに、日本の政には誓文起請なくてかなはぬ義なり、仏神罰利生なきと思はば、悪人多く出て、末世の凡夫いよ〳〵うやまひたつとぶ事おしらず、そしりあなどる心はやくつきて、運命のうすぐなるおもしらず、凶年の来りて病とりつき、寿命のおヾまるおもわきまへず、あさ、ましき人のみなり、目にみへぬ仏神は目に見へぬ人の運命お又よくそふるものなり、○下略〉