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政談

当時誓詞と雲こと盛にて、御作法の様に成、役替の度々に誓詞おし、駕籠の誓詞(○○○○○)、又は病気の断に誓文状お出す(○○○○○○○○○○○)こと不宜こと也、聖人の法に、誓詞は出陣の前にすること也、夫も軍兵にさすことには非ず、大将より士卒へ向て、賞罰如約束少も違へまじきと雲誓詞也、総じて末長きことには、誓詞は守られぬ者也、永きことには気弱み、失念も有て誓詞お破ることある物なる故、誓詞は一旦のことに限るべし、其上度々誓詞おすれば、馴こに成て、神明お畏るヽ心薄く成故、却て偽お教る媒と成也、誓詞と雲ことも世間に無て不協こと成に、せいしお破る様にするは、宜しからざること也、一旦のことに用ゆれば、人の心お堅め、誓詞の徳有、駕籠の誓詞は先第一奉公人の年多は、実の年に非ざる故、最初より誓詞お破也、駕籠は其頭其主人より断なれば、誓詞無て不苦事也、奉公人の虚病お構ることも詮方無こと也、虚病に様々の子細有、勝手はたと不成故、虚病お構ること当時多きこと也、扠は殊の外に不足成人お、親類寄合て虚病に申立るも有、扠は殊の外肥満して勤難成故、病気と雲も有、扠むら気成こと有お、騒気と雲立れば、身上不立故、病気と申立さするも有、又は述懐の筋にて虚病お構るも有、又は強ちに述懐にては無れども、時節お考て引込も有、又頭と不和成故、引込べき為え病気と雲も有、又は恥辱おかきぬること有て、面白無て引込も有、不如意にて御奉公勤らぬ人おば、其頭其支配の世話にする心深くば、如何様にも可成こと也、不足成生付、或はむら気成者は是又其頭其支配の世話にして、家の潰れぬ仕形猶也、肥たる人抔は、肥満しても相応の務る役儀可有、当時は家筋極て、外の役にはならぬこと故、病気と雲より外の仕形なし、述懐の筋が頭と不和なる抔は、甚惡ことの様なれども、皆意地ある者に有ことにて、箇様成人器量ある者多、古の明君名将は、左様なる者おば様々に誘宥めて、引出す様に仕玉へること多、恥辱おかきたること有て、病と称するは、士の意地なれば、捨られぬこと也、古より志有人、奉公おせまじきと思ふ時は、病と称すること古礼也、射は男子の為さで不協業成故、射礼の時は、不得手の人は射は不得手にて候とは雲ず、皆病と称すること有、亦堂上方にて歌の御会の時、歌不得手成人は、所労の子細あると雲こと、皆上へ対して偽お雲ふとて、不忠の沙汰には成らぬこと也、殊に時節お考、惡人の上に有時は、病と称して引籠より外に仕形は無こと成故、古より虚病お構る人に、賢者は多き也、隻若き御主人抔の虚病の疑甚きお、時の執政其疑お晴さむために、誓文立させたるに、今の世には例と成たる可成、されども当分の埒お明たる迄の仕形にて、誓文には虚実は知れぬことなれば、詮も無こと成上に、跡に残て見れば、偽お教、神明お無物と思はすることに成て、甚不宜こと也、其支配頭組子の治お、職分の第一とするならば、誓文状お出さずとも、自ら虚病は少き仕形可有也、国方抔にては組頭と雲者は、一組の士の病気も、幼少も、息災にて勤るも、皆同く支配し、扠戸の勤は、別に番頭と雲者有て、其下知お承て勤ることにて、其組頭の支配の中より、番代お以番頭の下へ遣す時、病気幼少の者に当れば、一組の内より外の人お代に出し、其本人より割合お遣す故、身上の不成者、病気幼少の代おも願て、ひたもの勤ること、御当地の取人の如し、扠割合お出すことゆへ、勝手に不宜ば、自ら虚病は少きと承る、箇様成仕形よく詮議せば、如何様共可成こと也、兎角当時の誓詞は御作法の様に成に、詮なきことなれば、一向に停止ありて、隻大名の国元などへ御目付に行こと抔其外にも、其時に取て当坐切の御用にばかり、大切なることに誓詞お被仰付可然也、