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古今著聞集
十二/博奕
花山院右のおとゞ〈○藤原兼雅〉のとき、侍共七半といふ事お好て、ありとしある物ども、夜る昼おびたゞしく打けり、おとゞ制し給へ共用ず、其中にいとまづしき格勤者一人有、もちたる物なければ、其人数にもれてうたざりけり、〈○中略〉さる程に、夜明にければ、おのれが一つ著たりける衣おぬぎて、人の銭五百文かりてけり、男のもとへもて来ていふ様、人の十廿貫にててうたんも、又此少分の物にてうたんも、心おやる事はおなじ事也、我こゝうに、又おもしろし共思はぬ事なれば、あながちにおほくうち入てもせんなしといへば、男ありがたくうれしく覚て、其あした、やがて此銭ふところにひき入て、殿へ持て参ぬ、〈○中略〉此銭わづかに五百なれば、あまたゝびに出さんも見苦、たゞ一度におし出して、打とられなばさてこそあらめと思て、よき程つゞきてまはる所に、おし出してかきたりければ、はやくかきおほせて、一貫に成ぬ、我もいまだ一度もしり候はねば、どうおば人にゆづり申候はんとて、まはらん所おかきおとさんと思て、又よき程に一貫おおし出してかくに、又かきおほせて、二貫に成ぬ、其時思ふやう、五百おばとりはなちて、本おうしなはで、妻に返しとらせんと思ひて、ふところにおさめてけり、今一貫五百おとて、これは思ひの外の物也、おもふさまにせんと思て、又おし出したるに、かきおほせて、三貫に成てけり、其後は、或は一貫二貫よき程々におし出すに、おほやうは、かきおほせて、卅よ貫に成にけり、此上は今は手あらに振まはじと思ひて、よき程にして、しばしやすみ候はんとて、卅余貫の銭取てしりぞきにけり、傍輩共、女牛に腹つかれたる心地してありけれど、今かくかひ付て、後おこそなど思ひいたり、去程に、此ぬし其夜、やがて仁和寺の妻が本へ、此銭おもたせて行にけり、次の旦、家にて妻にいひあはせて、ゆゝしくことして、長櫃のあたらしき両三合たづねて、誠にきら〳〵しくしたてゝ、第二日の朝とくかゝせて参たり、先起請文一紙お書て、侍の柱におしてけり、其起請文に書様、今日以後、ながく博打仕るべからず、過にしかたも仕らぬ事なれど、諸衆の御供して、此度始て此事仕りぬ、自今以後、もし又加様の事仕らば、現当むなしき身と成べし、と書ておしたりけり、