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嘉吉物語
さる程に、赤松の大膳大夫〈○満祐〉殿、白しやうそくのひたゝれおめされて、三重に居おかきて、金地のにしきのうへに御くびおすへ、御まへにかしこまりて申させ給ふ様は、あかまつの一門、代々天下の御用にたち、むほんのともがらおしづめて、ふたごゝうなく、奉公にくからぬやから也〈○中略〉とがもなき我々が一族お、御うしなひあり、ゆへもなく若党おきつてすてられ、あまさへ我らお御対治あるべきとの御たくみにより、現在にそのむくひありて、我々が若党の手にかゝり給ふ事、しかしながら御先祖の御起請に、赤松絶ば、我もたえんと、七枚あそばして、八幡と御所様と、我々が家とに御おき有ながら、それお御わすれにて、かやうの事おおぼしめしたち候ゆへかとおぼえて候、〈○下略〉