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宇治拾遺物語
十一
今はむかし村上の御時、古き宮の御子にて、左京大夫なる人おはしけり、〈○中略〉色ははなおぬりたるやうにあおじろにて、まかぶらくぼく、はなのあざやかにたかくあかし、くちびるうすくていろもなく、えめば歯がちなるものゝ、歯肉あかくて、ひげもあかくてながゝりけり、こえははなごえにて、たかくて物いへば、一うちひゞきて聞えける、あゆめば身おふり、かたおふりてぞありきける、色のせめてあおかりければ、あおつねの君とぞ、殿上の君達はつけてわらひける、わかき人たちの、たちいにつけてやすからずわらひのゝしりければ、みかどきこしめしあまりて、このおのこどものこれおかくわらふびんなき事なり、ちゝの御子聞て、せいせずとて、我おうらみざらんやなどおほせられて、まめやかにさいなみ給へば、殿上の人々したなきおして、みなわらふまじきよしいひあへりけり、さていひあへるやう、かくさいなめば、今よりながく起請す、もしかくきしうやしてのち、あおつねの君とよびたらんものおば、さけくだ物など取いださせてあがひせんといひかためて、起請して後いくばくもなくて、堀河殿の殿上人にておはしけるが、あふなく立てゆき、うしろ手お見て、わすれてあのあおつねまるは、いづちゆくぞとの給てけり、殿上人ども、かく起請おやぶりつるは、いとびんなきことなりとて、いひさだめたるやうに、すみやかに酒くだ物とりにやりて、この事あかへとあつまりて、せめのゝしりければ、あらがひてせじとすまひけれど、まめやかに〳〵せめければ、あさてばかりあおつねの君あかひせん、殿上人蔵人その日あつまり給へといひて出給ひぬ、〈○下略〉