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明徳記

此土は氏清お御退治有べきとて、様々の御内談共有りけるお、奥州〈○山名氏清〉伝へ聞き給て思はれけるは、事未定ざるさきに、朝敵と成ては協べからず、暫く謀り事共の定らん程、先日の科お謝せん為に、緩怠の儀お存ぜず、短慮の状こそ不思儀なれ、其詞雲、所詮諸方の讒訴なり、一向御免お蒙ば畏り存べき由、再三歎申されければ、御返事には、不儀繁多なりと雲へども、先日の病と称して、宇治へ成申ながら、参せずして還御成し緩怠常の篇に絶たり、然といへとも、去難く歎申上は、虚病お構ざる由お告文(○○)お書、進上申れば、御免あるべき由仰下されければ、京都は御由断有りける、〈○下略〉