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折たく柴の記

我師なる人〈○木下順庵〉は、我〈○新井君美〉おば、そのむかしつかへられし加賀の家〈○前田〉に、すゝめん事お思給て、其あらましなどきこえ給ひしに、加賀の人にて岡島といふが、〈ずなはち忠四郎の事〉我おたのみたりしには、我本国に老たる母のあれば、いかにもして、先生推薦給らん事お申て給るべしといふ、我其事のよしおつぶさに申て、某つかへに従はん事は、いづれの国おも撰ばず、彼人は、老たる母の候なる国にて侍れば、某に代へて、すゝめらるゝ事、某も又望む所なり、けふよりしては、某お以て彼国にすゝめられん事、固く辞申す由お申切りてければ、此ことおつく〳〵ときゝ給ひ、今の代、誰かはかゝる事おば申聞べき、古人お今に見るとは、かゝる事にこそとの給ひて、涙お流し給ひしが、此後常に此事おば、人々にも語り給ひたりけり、さればやがて岡島おば、彼国にすゝめられき、