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土佐日記
九日〈○承平五年正月〉のつとめて、おほみなとより、なはのとまりおおはんとて、こぎいでにけり、これたがひに、くにのさかひのうちはとて、見おくりにくる人、あまたがなかに、ふぢはらのときざね、たちばなのすえひら、はせべのゆきまさらなん、みたちよりいでたうびし日より、こゝかしこにおひくる、この人々ぞ心ざしある人なりける、この人びとのふかき心ざしは、この海にはおとらざるべし、これよりいまはこぎはなれてゆく、これおみおくらんとてぞ、この人どもはおひきける、かくてこぎゆくまに〳〵、海のほとりにとゞまる人もとおくなりぬ、ふねの人も見えずなりぬ、きしにもいふことあるべし、船にもおもふことあれどかひなし、かゝれど、この歌おひとりごとににしてやみぬ、
おもひやる心はうみおわたれどもふみしなければしらずやありけん