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奥の細道
弥生も末の七日、〈○元禄二年〉明ぼのゝそら朧々として、月は在明にて光おさまれる物から、不二の峯幽にみえて、上野谷中の花の梢、又いつかはと心細し、むつましきかぎりは、宵よりつどひて、舟に乗りて送る、千住と雲ふ所にて、船おあがれば、前途三千里のおもひ胸にふさがりて、幻のちまたに離別の涙おそゝぐ、
行春や鳥鳴魚の目は涙、これお矢立の初として、行く道なほすゝま、ず、人々は途中に立ちならびて、後かげのみゆるまでは見送るなるべし、