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古今著聞集
十四/遊覧
完治六年十月廿九日、殿上消遥ありけり、其時の皇居は堀河院也ければ、その北なる所にて、人々あつまりたりける次第に、馬おひかせて北陣の上おわたして、叡覧有けり、人々三条猪熊にてぞ馬に乗ける、頭弁季仲朝臣、頭中将宗通朝臣、烏帽子直衣、其外の人々は狩衣おぞ著たりける、所衆滝口小舎人あひしたがひける、大井河にいたりて、紅葉の船に乗て盃酌ありけるには、大夫季房、侍従宗輔、実隆などは、年おさなければ、貫首の上にぞ差たりける、夜に入て集会の所にかへりて、各冠などしかへて、内裏へまいりて、宮の御かたにて和歌お講じけり、先盃酌ありけるとかや、むかしはこのことつねのことなりけるに、中ごろよりたへにけり、くちおしき世なり、〈○中略〉
承元五年〈○建暦元年〉閏正月二日の朝、目もおどろくばかり雪ふりつもりけるに、九条大納言〈○道家〉参内せられて、此ゆきは御、覧ずやとて、人々いざなひて、車寄に車さしよせて、別当の三位かうのすけ以下、内侍たち引ぐしてやり出されけり、中宮は后町よりいまだ入せおはしまさねば、中御門殿へやりよせて、宮の女房一車やりつゞけて、大内右近馬場賀茂の方ざまへ、あこがれゆかれける、大納言直衣にて騎馬せられたりけり、さらぬ人々も、或は直衣、或は束帯にて、六位まで伴ひたりけり、賀茂神主幸平、狩装束して、車のともに参れり、むかしはかゝる雪には、馬に鞍置まうけてこそ付しに、今はかやうの事たえて侍つるに、めづらしくやさしく候ものかなとて、わかき氏人ども、おなじく狩装束して、みな〳〵鷹手にすへて、かんだちへのかたへ、御ともつかうまつりて、雪の中のたかゞりして御覧ぜさす、道すがらいと興有事共ありけり、〈○下略〉