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貞丈雑記
九/進物
一進物お紙に包む折形(○○○○○○○○○)、いにしへは城殿といふ職人のする業也、〈今も京都に城殿といふ職人あり、其末流なり、〉庭訓往来に、城殿扇とあり、城殿が扇名物なりし也、城殿は色々のかざり物おする者にてありし故、進物なども城殿に包ませけるなり、それおまねて手前にても包む也、板の物、巻物などは、唐包お賞玩する故、此方にて上お包む事なし、唐包とは唐土より包みて渡したるお雲、唐包には板木にて文字お押し、朱印、青印などあり、もし唐包の損ずれば、此方にて包み直してつかはす事、武雑記、其外の旧記に見えたり、我家に伝たる折形も少ばかりあり、包結記に記す如し、是等もかの城殿が包みし形なり、〈○中略〉
一進物に荒物(○○)と雲事有、本式樽肴と雲時は、肴は煮焼して折に入て遣す也、然るに魚鳥お生にて遣すおあら物と雲也、書札条々に雲、樽肴之次第、本式の樽は折十合、又は五合、御樽十荷、又は五荷等也、又荒物と申候は、一種々々也、或は雁一、白鳥一、鯛一、折共又は十廿共、貝蚫一折、樽等也、又雲、御折、御樽本式也、又あら物と雲は、美物一種に調候雲々、〈○中略〉
一今世上に魚お進物にするに、篠の葉おかい敷にする也、篠の葉おかい敷にするは忌む事也、切腹する人に酒飲する時、肴のかい敷に、さゝの葉お用る故也、猶飲食の部見合べし、〈○中略〉
一魚類の進物に、海の前(○○○)、河の後(○○○)とて、海魚は腹の方お人に向け、川魚は背の方お人にむけて、台につむと雲説あり、非なり、旧記に其沙汰なし、何魚にても一つの時は、頭お主人の左へなし、腹の方お御前へ向る也、二つの時は腹お向ひ合せ、三つの時は同前にして、一つは背の方お外えなしてつむ也、海川の差別はなき事也、〈他家にては海川の差別あるよし申也、当家に伝へたる室町殿の礼式には、海川の差別無之、差別無用之事なり、〉
一馬代の事、書札大方に雲、総別昔は馬代千匹にて候お、一乱以後三百匹の事候、今も国によりて千匹の事分も有之也雲々、一乱とは応仁年中の大乱お雲、然れば東山殿〈○足利義政〉御代応仁の乱以前は、馬代とあれば千匹づゝ遣しける也、乱以後は三百匹になりたる也、是は私にての事なるべし、殿中へ馬代進上は有べからず、旧記にみへず、私にても折節生馬の有合ざる時は、馬代用ひしなるべし、