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貞丈雑記
九/書札
一進物の目錄お書に、先精進物お書て、次に魚鳥お書事、古法也、是は奪氏卿、夢窻国師お師として、禅法に帰依し給ひしにより、御代々禅宗お崇敬し給ふにより、諸侯も皆禅法おこのみ、精進の人多かりし故、精進物お先として、目錄にも、又は座敷え折お出すにも、先精進物、次に魚鳥と次第お定たる物也、〈○中略〉
一古は折紙のまん中に、千匹万匹などゝばかり書て人に遣したり、今は金子千匹、万匹或は肴代何匹、樽代何匹と書て、何匹の上の方に金子お糊にて付る事世上にはやる也、古は金子なく鳥目計有し也、それ故たゞ何匹と計書付て、別に鳥目おば遣しける也、今の金子の折紙も、千匹万匹などゝ書て、金子おば別に包て遣す事よろしかるべし、
一今時貴人より下輩へは、竪目錄(○○○)お用、下輩より貴人えは横目錄(○○○)お用るといふ説あり、古は竪目錄横目錄といふ名目なし、前にも記す如く、太刀馬の目錄と、千匹万匹などの折紙は横に折り、魚鳥などの注文は横に折らず、竪紙お用し也、貴賤に依て竪横の差別、古法はなき事也、〈○中略〉
一進物に魚類と精進物有ば、目錄に精進物お初に書べし、書札条々に雲、総て公方様へしやうじ物〈精進物の事也〉おくはへ進上之事不見及也、昆布なども、御肴、あら物に〈あら物の事は精進物の部に出〉そひ申事無之、名物の事も一色には進上候歟、又常にわたくしには精進物そひ候べし、其時は精進物お一番に可調也、又雲、折精進、美物〈魚鳥類の事〉之事、当方には一番に精進お被調候、他家には美物お一番に被調候、
一魚と鳥進物の時は、鳥お先に書べし、書札条々に雲、鳥魚物ばかり也、此時鳥お先調らるべし、
一進物の目錄の料紙、貴人より下輩へ給るは、大たかだんし大引合などお用らるゝ、下輩より貴人へ奉るは、小たかだんし小引合などお用る事古の礼也、今は下輩より貴人へ奉るに大たかだんしお用る事、分に過たる儀なれども、世上如此なり、
一今時進物に三色目錄(○○○○)、別儀目錄(○○○○)と雲名有、三色目錄は太刀、馬の間に、要脚、呉服、巻物の類お書列たるお雲、別儀目錄とは、太刀、馬に、巻物、〈魚の事也〉樽などお書加へたるお雲、古は此三色目錄、別儀目錄と雲名目なし、太刀、馬に書加へもあれども、三色別儀などゝ雲名目はなし、
一目錄に馬代書事、万抜書条々に雲、目錄に馬代と書候不及見候、一匹の下に毛付不書代候て調候、毎々の儀に候、要脚書かる事も可有之、馬代いか程より認る儀、但さも可有哉と雲々、古は一匹の下に毛付おばすれども、馬代何程と書事なし、御太刀一腰、要脚何千匹と書事はあり、馬代何程とは不書也、貞丈雲、今は専ら馬代お用る也、御馬一匹の側に、馬代白銀十枚などゝ書也、殿中へ献上も右の如くになりたり、今改がたし、然れども愚意お以ていはゞ、目錄には御馬一匹とばかり書て、毛付すべからず、毛付せざるは馬代お用るが故也、扠馬代銀ならば、其包紙に御馬代銀何枚と書べし、鳥目ならば御馬代銭何程と木札お付可然歟、