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甲子夜話

田沼氏の盛なりしときは、諸家の贈遺、様々に心お尽したることどもなりき、中秋の月宴に、島台軽台お始め、負け劣らじと趣向したる中に、或家の進物は小なる青竹籃に、活溌たる大鱚七八計に、些少の野蔬おあしらひ、青柚一つ、家彫萩薄の柄の小刀にて、その柚お貫きたり、〈家彫は後藤氏の所彫、世の名品其価数十金に当る、〉又某家のは、いと大なる竹籠にしびに尾なり、此二おば類無とて興になりたりと雲、又田氏中暑にて臥したるとき、候間の使价、此節は何お玩び給ふやと訊ふ、菖盆お枕辺に置て見られ候と、用人答しより、二三日の間、諸家各色の石菖お大小と無く持込、大なる坐敷に計は透間も無く並べたてヽ、取扱にもあぐみしと雲、その頃の風儀如此ぞありける、