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翹楚篇
一常々の御物語に、〈○上杉治憲〉献上物は軽きに却てしほらしき誠あり、下々同士の贈物も斯有べし、よき品到来の満足ならぬにはあらねども、善尽し美尽せる品お贈られては、其心遣ひの痛入、亦相応の挨拶もがなと思ふより、常々苦にし心に懸て安からず、譬釣魚二三も持来り、或は菜園の品摘来りて、手作の品と雲、昨日釣得たりなんどいひて贈れるには、実も其人の真実おもひやられてしほらし、斯る品とて挨拶の如在おすべきにあらね共、苦にし心にかゝる程にもあらざれば、心におきて安きなり、然るに能品事々敷取飾て贈れるは、上お敬する誠より、其心お尽せるに相違もなけれ共、其心遣が却て痛入て安からぬ也、凡の人情思ふ儘成には心残らず、心に任せのに残念のたえぬもの也、去ば能品取揃て贈れるは、元より己が思ふ儘の贈物成なり、おのづから残す処なしといふ心より、又も〳〵とおもふ心の誠お失ふ也、心にまかせぬ漸少の贈物せるは、其漸少なるの残念より、又も〳〵贈たきと雲心忘られず、其人の誠も益々進ぞかしと宣ひし、