[p.0489]
鎌倉大草紙

小衣郎〈○小栗〉はひそかに忍びて、関東にありけるが、相州権現堂といふ所へ行けるお、其辺の強盗ども集りける処に宿おかりければ、主の申は、此牢人は常州有徳仁の福者のよし聞、定て随身の宝あるべし、打殺して取由談合す、作去健なる家人どもあり、いかゞせんといふ、一人の盗賊申は、酒に毒お入呑せころせといふ、猶と同じ、宿々の遊女どもお集め、今様などうたはせ、おどりたはぶれ、かの小栗お馳走の体にもてなし、酒おすゝめける、其夜酌にたちける、てる姫といふ遊女、此間小栗にあひなれ、此有さまおすこししりけるにや、みづからもこの酒お不呑して有けるが、小栗おあはれみ、此よしおさゝやきける間、小栗も呑やうにもてなし、酒おさらにのまざりけり、家人共は是おしらず、何も酔伏てけり、小栗はかりそめに出るやうにて、林の有間へ出てみければ、林の内に鹿毛なる馬おつなぎて有けり、〈○中略〉小栗是お見て、ひそかに立帰り、財宝少少取持て、彼馬に乗鞭お進め落行ける、〈○中略〉永享の比、小栗三州より来て、彼遊女おたづね出し、種々のたからお与へ、盗どもお尋みな誅伐しけり、