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狂歌現在奇人譚
初編下
浅桐庵一村の伝
三とせあまりおこえて、一村が家のこものひとり、要用のことありて、みちのくにいきたりしがあるとまりやにつきてやすみぬ、夜あけて見れば、かたへの床の間にひとつのかけものあり、中に一首のうたあり、よく打見れば、おのれが主人一村がかきたるにて、出がはりのあとおにごさぬ〈○出かはりのあとおにこさぬ水一荷又すむ人のかゞみにぞくむ〉といふ歌なり、いとあやしくて、下女およびてこれおそへば、こたへていふ、この家のあるじ、もとかみつけのくに、桐生といふ所のある家につかへし時、其主人のよみ玉ひたる御歌なりとて、常にみきおまいらせ、あざらけき魚おそなへ、朝夕はいし候なりとこたふ〈○下略〉