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曾我物語

いとうの次郎とすけつねがさうろんの事
くだう一郎は、なまじひの事おいひいだして、おぢに中おたがはれ、ふさいのわかれ、しよたいは、うばはれ、身おゝきかねて、きもおやきける間、きうじもそらくになりにけり、さればにや御きしよくもあしく、はうばいもそばめにかけければ、せきうつたえがたく思ひこがれて、ひそかに又本国にくだり、おほみのしやうにぢうして、としころのらうどうにおほみの小太郎、やかたの三郎おまねきよせて、なく〳〵さゝやきけるは、おの〳〵つぶさにきけ、さうでんのしよりやうおわうりやうせらるゝだにも、やすからざるに、けつく女ばうまでとりかへされて、といのや太郎にあはせらるゝでう、口おしき共あまりあり、いまはいのちおすてゝ、やひとつ、いばやと思ふなり、あらはれてはせんことかなふまじ、われ又びんぎおうかゞはゞ、人にみしられて、ほんいおとげがたし、さればとてとゞまるべきにもあらず、いかゞせん、おの〳〵さりげなくして、かりすなどりのところにても、びんぎおうかゞひ、やひとついむにや、もししゆくいおとげんにおきては、ぢうおんじやう〴〵、せゝにもほうじてあまりあり、いかゞせんとぞくどきける、二人のらうどうきゝ、一どうに申けるは、これまでもおほせらるべからず、ゆみやおとり世おわたると申せ共、ばんじ一しやうはいちごに一どゝこそ承れ、さればふるきことばにも、やぶれやすきときは、あひかたくしてしかもうしなひやすし、このおほせこそめんぼくにて候へ、ぜひいのちにおきては、きみに参らするとて、おの〳〵ざしきお立ければ、たのもしくぞ思ひける、〈○中略〉
かはづうたれし事
されば、このかへりあしおねらひてみん、しかるべしとて、みちおかへてさきにたち、おくのゝくち、あかざは山のふもと、やはた山のさかひに、あるせつしよおたづねて、しいの木三ぼんこだてにとり、いちのまぶしには、おほ見のことうだ、二のまぶしには、やはたの三郎、てだれなれば、あまさじ物おとてたちたりけり、おの〳〵まちかけゝる所に〈○中略〉いとうのちやくしかはづの三郎ぞきたりける、〈○中略〉おりふしのりがへ、一きもつかざれば、一のまぶしのまへおやりすごす、二のまぶしのやはたの三郎、もとよりさはがぬおのこなれば、てんのあたへおとらざるは、かへりてとがおうると雲ふるき言葉おおもひいだすは、いそんずべき、まぶしのまへお三だんばかりゆむでのかたへやりすごして、大のとがりやさしつがひ、よつひきしばしかためて、ひやうとはなす、おもひもよらでとおりける、かはづがのりたるくらのうしろの山がたおいけづり、むかばきのきゝはお、前へつゝとそいとほしける、かはづもよかりけり、ゆみとりなおし、やとつてつがひ、むまのはなおひつかへし、四はうおみまはす、ちしやはまどはず、じんしやはうれへず、ようしやは、おそれずと申せども、大事のいたでなれば、心はたけくおもへども、しやうねしだいにみだれ、馬よりまつさかさまにおちにけり、ごぢんにありける父いとうの次郎は、これおばゆめにもしらずぞくだりける、ころは神無月十日あまりの事なれば、山めぐりけるむらしぐれ、ふりみふらずみさだめなく、たつより雲のたえ〴〵に、ぬれじとこまおはやめて、たづなかひくる所に、一のまぶしにありける、おほみのことうだ、まちうけて、いたりけれ共しるしなし、ひだりのてのうちのゆび二つ、まへのしほでのねにいたてたり、いとうは、さるふるつはものにて、てきに二つのやおいさせじと、大事のてにもてなし、めでのあぶみにおりさがり、馬おこだてにとり、山たちありや、せんぢんはかへせ、ごぢんはすゝめとよばはりければ、せんぢむごぢんわれおとらじとすゝめども、所しもあくしよなれば、むまのさぐりおたどるほどに、二人のかたきはにげのびぬ、