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曾我物語

すけつねうちし事
きやうだい〈○曾我十郎祐成、五郎時致、〉共に立そひて、たいまつふりあげよくみれば、ほんだがおしへにたがはず、かたき〈○工藤祐経〉はこゝにぞふしたりける、二人がめとめおみあはせ、あたりお見れば人もなし、さえもんのぜうは、てごしの少将とふしたり、わうとうないは、たゝみすこしひきのけて、かめづるとこそふしたりけれ、〈○中略〉きやうだいの人々は、すけつねおなかにおきて、おの〳〵めとめおみあはせ、うちうなづきて、よろこびけるぞあはれなる、〈○中略〉扠て二人がたちおさえもんのぜうにあてゝはひき、引てはあて、七八度こそあてにけれ、やゝありてときむね、この年月の思ひ、一たちにと思ひつるけしきあらはれたり、十郎これおみて、まてしばし、ねいりたるものおきるは、しにんおきるにおなじ、おこさんとて、たちのきつさきお、すけつねが心もとにさしあて、いかにさえもん殿、ひるのげんざんに入つる、そがのものども参りたり、我ら程のてきおもちながら、何とてうちとけふし給ふぞ、おきよや、さえもん殿とおこされて、すけつねもよかりけん、心えたり、なに程の事あるべきと、いひもはてずおきざまに、まくらもとにたてたるたちお、とらんとする所お、やさしきかたきのふるまひかな、おこしはたてじといふまゝに、弓でのかたより、めでのわきのした、いたじきまでも、とおれとこそはきりつけけれ、五郎もえたりやあふとのゝしりて、こしのうはておさしあげて、たゝみいたじききりとおし、下もちまでぞうち入たる、ことはりなるかな、げんじぢう代ともきり、なにものかたまるべき、あたるにあたる所つゞく事なし、我ようせうよりねがひしもこれぞかし、まふねんはらへやときむね、わすれよや五郎とて、心のゆく〳〵三たちづゞこそきりたりけれ、むざんなりしありさまなり、〈○中略〉
すけつねにとゞめおさす事
十郎いひけるは、すけつねにとゞめおさゝざりけるか、とゞめはかたきおうつてのはうなり、じつけんの時、とゞめのなきはかたきうちたるにいらず、さらばとゞめおさし候はんとて、五郎立帰り、かたなおぬき、取ておさへ、ごへんのてより給て候かたな、たしかに返奉る、とらずとろむじ給ふなとて、つかもこぶしもとおれ〳〵と、さす程にあまりにしげくさしければ、口とみゝと一つになりにけり、〈○下略〉