翁草

五

一讃州高松城主生駒壱岐守高俊〈十七万石〉江戸家老生駒将〓と雲、国家老前田助左衛門と諍論出来、家中騒動に仍上聞に達し、完永十七年八月、生駒所帯没収、壱岐守は羽州由利へ配流、前田助左衛門は切腹、生駒将〓は雲州松江城主松平出羽守へ御預けにて、事既に落去せり、然るに助左衛門甥に前野織部と雲者有、倩と思案しけるは、此度将〓が非道にて、伯父助左衛門は切腹し、主人は流刑に成給ひ、結句将〓は存命する社恨なれ、所詮将〓お討て、此鬱憤お散ぜんと、忍て雲州へ下り、将〓おねらへども、公儀御預けものゝ事なれば、中々容易に本望お遂がたし、織部詮方無き儘に、将〓が在る宅に火おかくる、去れ共将〓お預りの番人とり囲んて立退故に、討事不能、然処に将〓は一け年に一両度程此家の長臣乙部九郎兵衛方へ振舞に招きて、終日慰事あり、依之、織部身おやつし縁おもとめて、乙部方へ鷹匠奉公に出る、〈○中略〉其後九郎兵衛宅へ将〓お招て催しあり、織部時至りぬと悦び、九郎兵衛に願ひけるは、某は新参にて御家中の傍未見知不申候故途中不礼等仕候ても、如何に奉存候何卒御玄関番お仰付られ被下かしと雲、乙部聞て猶成心懸也とて、則玄関の執次おさせける、扠当日に成しかば、生駒将〓、九郎兵衛屋敷に来て、案内お乞、織部あはやと思ひ是お案内し、将〓書院へ通る処お、廊下にてやり過して、言葉お掛るより早く突殺す、〈○中略〉織部少も不騒、斯の次第と始終お演説す九部兵衛〈○乙部〉駭き走出て、織部が手お取、扠々神妙の事、先は本望お被遂、満足だるべし、隻今迄斯とは不知失礼せり、作去大法なればとて、一間お囲て番お附け置て、此節出羽守〈○雲州松江城主〉在府に仍て、早追お以注進す、羽州急ぎ上聞に達せらる、然るに公儀御評諚にも、織部が働お被感、何卒助命の事御沙汰有しか共公儀より御預けの者お討たる咎遁れ難く、織部事切腹に決し、其段被仰渡、〈○下略〉